2018年4月12日木曜日

中国チキンゲーム戦争 ~正しいPUBGのパクり方~


先日PUBGcoはNeteaseによる2作(荒野行動、終結者2/生存法則)のPUBGクローンに対して著作権侵害訴訟を提起した。このクレームの詳細はTorrentFreakのアップしたpdfを確認してほしい。本稿では昨年の秋頃から中国で発生したモバイル/PC向けPUBG Rip-offシーンの流れと、中国の巨人Tencent(QQ)とNeteaseによるチキンゲーム戦争というPUBG Rip-off訴訟の背景、サブテキストを読み解く。

なおPUBG以前のバトルロワイヤルジャンル(ハンガーゲーム)に関する混沌とした歴史は、バトルロワイヤルジャンルの歴史観に関する個人的な考察に断片的ながら記しているので興味があれば併読いただきたい。


2017年の3月にPLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDSがSteam Early Accessに登場し、前身的タイトルであるH1Z1 King of the Kill(現H1Z1)の好調と共にアクティブプレイヤーを伸ばしていった。PUBGがH1Z1の人気を完全に上回ったのは同年の9月だったが、同じ頃、モバイル市場(Android/ios)のバトルロワイヤルゲーム需要に応えるようにフォロワーが登場しはじめる。

我要活下去(Freefire)
アジア圏の地域チャートで最初にストアトップを取ったのはおそらく、シンガポールのGarenaによる我要活下去(Freefire)だろう。本国や台湾でGame/Freeの1位、SEA地域や韓国、次いでロシアでもジャンルトップを度々獲得した。我要活下去は当初からグローバル展開を見据えており、多言語仕様、各地域のSNS連携(ロシアVK、韓国カカオ、台湾LINEなど)といったゲームプレイ外の細かな気配りが印象的であった。ゲームそれ自体はHALO降下による開始、レベル制防具、武器アタッチメントといったPUBGの影響を受けつつも、GTA:SAの影響と思しきクイックなキャラクターの挙動、ドギツイAimアシスト、せまめなマップサイズなどモバイルに合わせた手堅いコンパクトな調整がされており、比較的オリジナリティの高い物であったと思う。余談だが、なぜか件の訴状の中で本作のスクリーンショットが生存法則の物として示されている。

言語を日本語にすると勝利メッセージがドン勝になる。

それからほどなくして、10月末頃には中国2位のオンラインゲームパブリッシャーNeteaseにより中国国内向けにPUBGフォロワーの事前お披露目を兼ねたテストが開始される。荒野行動(Knives out)と終結者2(生存法則、Rules of Survival)の登場である。

荒野行動(Knives Out)

わずかに早く始まったのは荒野行動。これは初出の時点で忠実なPUBGクローンという印象があった。コアなゲームプレイを徹底して再現しつつ、モバイルに合わせて要所要所の操作やUIを簡略化しているのだが、個人的に感銘を受けたのはアイテムの自動拾い(Auto loot)、輸送機の2D Map経路表示、足音や銃声がHUD上に視覚化される点である。実はこれらの操作支援、視覚拡張といった要素は中国で既に流行していたPUBG向け外挂(アドオン、外部ツールのような意味の言葉)、平たく言えばハック、チートツールに実装されていた機能なのである。

輸送機の予定経路が地図に表示される。
PUBG外挂(チートツール)で一般的な機能が標準搭載されている。
外挂だとしても広く一般化した機能、ユーザビリティを向上させる物であればあらかじめゲームに取り込んでしまおうという発想なのだろう。音による情報(ステレオ定位)の視覚化はヘッドフォンや2スピーカー使用を前提にしないスマートフォンというハードの特性に着目した設計と思われるが、結果的に聴覚障碍者のゲームプレイも向上させていた。ゆえに荒野行動はPUBGよりもアクセシビリティの観点で優れていたという歴史的事実、その社会的な意義を僕は評価している。実際にこれらの機能は広く受け入れられ、他社のモバイルフォロワーに受け継がれていくだけでなく、後に出る本家PUBG Mobileでも採用された。

HUD右上の地図UIに銃声の方角が表示される。
聴覚情報の視覚化というビデオゲームならではの感覚拡張だ。
しかし荒野行動の最も驚くべきところはフォローアップのはやさ、フットワークの軽快さにある。たとえば本家PUBGにパルクール(壁登り)が実装されたのは11月の事だったが、12月の時点で荒野行動にもパルクールが実装されていた。基本的にPUBGを追う物、模倣する物というのが本作の立ち位置であり、空位であった一時のモバイル市場においてそれは消費者に広く受け入れられる存在だった。

終結者2(生存法則/Rules of Survival)

既に荒野行動を抱えていながら、11月、Neteaseは終結者2に大規模演習、チキンゲームモードをローンチする。大規模演習というのは中国当局に暴力的、反社会的と見做された一連の強制理不尽残酷殺人ゲームに対し、これはバーチャルな軍事訓練であって、本当は人は死んでないんですよーと規制回避を目的にうった各社の一般的な方便である。もう一方のチキンゲームというのはPUBGの勝利メッセージ、winner winner chicken dinnerを由来としたユーザーレベルで広まった中国圏における同ジャンルの代名詞だ。

PUBGフォロワーになる前のターミネーター2

終結者2は経緯が滅茶苦茶にややこしいゲームである。原題は終結者2 審判日といい、これはターミネーター2ジャッジメントデイの中国語タイトルである。つまり元々はターミネーター2の版権ゲーム(正式な中国国内での包括的ライセンス許諾を得ている)であり、初めからチキンゲームとして作られたわけではなかったのだ。過熱するPUBG人気に便乗して後天的に全く違ったゲームに変化するという現象は本作に限らず中国産PUBGフォロワーで多々見られる。西側にもFortniteという例があるように、ゲームの基本的なアイデア、土台部分が極めてシンプルで作りやすいというのはこのジャンルが興隆した要因の一つだ。

PUBGのモバイルクローンという確固としたコンセプトが基礎にあり、PUBGに実装された要素は基本的に否定せず全て取り込んでいくという荒野行動のアップデート指針に対し、終結者2の目指すところはHitscanベースのPUBG、あるいはProjectileベースのチキンゲームの否定である。H1Z1やPUBGは弾丸に設定された推進力(Projectile)により距離に応じて銃の発射から着弾までの時間差が生じる。元々ARMAシリーズがそういう仕様であったという理由が大きいと思われるが、ゲームデザインの教科書的にマッシヴなマップではこの仕様が自然でフェアだと一定の共有がされている。対してHitscan方式とは銃の引き金を引いた瞬間に0秒で対角線に着弾するという極めて抽象(ビデオゲーム)的な軌道計算方法である。Counter Strikeやそのフォロワーの多くが是としている物でもある。

Hitscanなので簡単に弾が当たる。

PUBGcoのクレームにもある通り、終結者2はPUBGによく似た、恥知らずなゲームである。HALO降下、ランダムルート、武器アタッチメント、レベル制防具、ビークルにエリア収縮にエナドリ。今日PUBG型チキンゲームフォーマットとされる要素にほとんど外れた部分はない。にもかかわらず、着弾方式という唯一の改変が本作のゲームプレイをオリジナルと大きく異なるものにしている。弾が遠くからでもビシバシ当たるので車両運用のリスクが異様に高かったり、致死的な交戦距離がPUBGやそのクローンである荒野行動より遥かに長い。どちらが良い/悪いというは各々の好みに過ぎないので言及しないが、多様性、実験性が改変性によって担保されていたMODシーン時代を顧みるに、異なる物が生み出されたという点はそれだけで意義がある。

類似したPrefab
テクスチャやメッシュの盗用はないと思われるが…

国内版からほぼ間を置かずに本作は生存法則(Rules of Survival)としてグローバルリリースがされた。中国国外ではターミネーターの商標が使えなかった為の改題である。Neteaseとしては荒野行動より生存法則を世界的に売りたいという目論みがあるらしく、英語サイトをはやくから用意し、北米、欧州で賞金大会を開催した。そのせいなのか、この2タイトルは一時期各地域で人気に明確な差があり、本国と日本では荒野行動、北米と西ヨーロッパは生存法則という状況が観測された。

穿越火线:荒島特訓
光荣使命
小米枪战

ここからは駆け足でタイトルを紹介していく。光荣使命は中国人民解放軍が開発やプロモートに関わったFPSで、時期によってCSに寄ったりCoDに寄ったりBFに寄ったりする節操なさがシリーズの特徴、昨年末にTencentがパブリッシングするスマホ版にチキンゲームモードが追加された。同じくTencentによる穿越火线は日本でもCrossfireとして知られるCounter Strikeフォロワーにして本家CSを超えて世界最大のアクティブユーザーを抱えたモンスターFPSで昨年末にチキンゲームが追加された。小米枪战はApple iphoneのフォロワースマートフォンを製造するXiaomiのCrossfireフォロワーで、昨年末にチキンゲームが追加された。全民枪战2は2015年に業界に参入したニューカマー英雄互娱によるCrossfireフォロワーの続編で昨年末にチキンゲームが追加された。代号HEROは同じく英雄互娱による昨年末登場したチキンゲームだが、元はCrossfireフォロワーではない。

以上は一例だが、中国のオンラインゲームプラットフォームにとってPUBGフォロワーは2017年暮れ時点で既に必要不可欠なものとなっていた。各社が最低1本、場合によっては2~3本抱えているのが当然というぐらいだった。そこで頭数を揃えるにあたってしばしばCrossfire(Counter Strike)の代替品がその受け皿として機能していたのは興味深い事実だ。単一のビデオゲーム自体をプラットフォームとして派生する文化はHalf-LifeやWarcraft3、GTA:SA、更に遡ればQuakeやStarcraftにも見られ、原型を留めない改変であってもそこにはシーンのリンクが存在する事を示している。

モバイルチキンゲームシーンはそんな各陣営の波状展開と、PUBG自体の人気に押し上げられていった。昨年末の時点で中国国内の人気を最も獲得したのは業界ナンバー2のNeteaseだったが、無論、世界最大のゲーム企業Tencent(QQ)がそれを黙って見ている筈はなかった。TencentとNeteaseは中国オンラインゲームパブリッシャーの1位と2位という関係とされているが、そこにはトヨタと日産くらいの圧倒的な差がある。先行者アドバンテージを得てリードを取るNeteaseに対して出したTencentの慈悲のない後出しジャンケンの手は2つあった。

穿越火线:荒島特訓(Crossfire Mobile)
穿越火线の何が良いかと言えばそれが穿越火线である事だ。

手の内の一つは先述のCrossfireに追加されたチキンゲーム穿越火线:荒島特訓である。本作は生存法則と同じHitscanベースのゲームであり、端的に言って両者に技術的な差異は殆どない。しかしその差異がないゆえに、Crossfireという世界で最もプレイ人口の多い(殆ど漢民族だ)FPSをプラットフォームに展開する事が効果的であるのだ。

PUBG Mobile
PUBG Mobileの何が良いかと言えばそれがPUBGである事だ。
加えて一寸の隙もなく放たれたもう一つの手がPUBGcoとの中国での包括的パブリッシング契約と共同開発されたPUBG Mobileの発表である。TencentがBluehole(PUBGcoの親会社)の買収を想定している事が報じられたのは昨年10月の末。現在Tencentが保有するBlueholeの株式は5%とされているが、いまだ買収のシナリオを視野に強固な協力関係が築かれている。

著作権侵害は親告罪であるので、この一連の動向により実質的にTencent陣営によるPUBGクローン、Rip-offの漂白は完了した。穿越火线:荒島特訓や光荣使命にどんな経緯があろうと口出しする者はもういない。以前プランクさんはEpic GamesのFortnite(Battle Royale)に当初不快感を表明していたのだが、EpicはTencentの傘下であるのでもうその種のパブリックなコメントは恐らく行われないだろうという事でもある。

というわけで、ここまでが前置きである。つまりPUBGcoによるNetease作品に対するコピーライトクレームの背景にはTencentとNeteaseという中国のめっちゃ強いやつと、中国のつよいやつによるチキンゲームというジャンルを巡る競合があり、この戦争における戦い方、武器としてプランクさんを中心としたPUBGに至るバトルロワイヤルゲーム史観、その正当性が用いられたと言える。

実はこれと似たような前例が既にある。Riot Games(Tencentの傘下企業でLeague of Legendsの開発/運営)はMobile Legends(現Mobile Legends Bang Bang)がLOLの持つ複数の著作権を侵害していると昨年7月より訴えている。これもTencentのモバイル向けMOBA Arena of Valorのグローバルリリースを目前に控えて競合となる先行タイトルをモバイル市場から排除する事が目的であるのは明白であった。

サモナーズリフトとの類似性
3本レーンのシージゲーム自体はアイデアと言えるが…
このようにTencentが今日ゲーム業界のスプリームルーラーであることに疑いの余地はないが、一方で超神狙击のように露骨なOverwatchのRip-offを平気な顔をして提供しているのもまた巨人の一面であったりする。しかしPUBGcoのクレームにしても155ページに及ぶ内容の内、大部分はアイデアの域をでないだろう。実銃を模したアタッチメント方式のリアルな銃器描写やフライパンやバールを武器にする事、一定の時間で行動可能領域が制限されていく状況などが特定の組織や個人の物と主張するのは無理がある。著作権はアイデアを保護しない。

武器としてのフライパンは誰に帰属しますか?


超神狙击
ジェットパックで飛びながらロケットを撃つヒーロー
Overwatchで言うところのPharahである。
厚顔無恥に安易なRip-offに走る事で多くの人から軽蔑される事は当然であるが、それが著作権侵害であるかはまた別の話になる。荒野行動、生存法則、Mobile Legendsと超神狙击が恥知らずなプロダクトだという事に関しては一定の同意を得られると思われるが、その違法性が認められるかは実に微妙なところである。法と道徳にはそれぞれの異なる領域が存在し、それが接地する事はあってもいずれかを覆う関係ではない。窓枠外したガラスは不安定、ガタンときてもしょうがないように、欠けた箇所を支えるのはシンプルな力だ。

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