2021年7月21日水曜日

90年代サブカル帝国の逆襲

"We were young, we were foolish, we were arrogant, but we were right."
   「我々は若く愚かで傲慢だったが、しかし正しかった。」
-Abbie Hoffman

小山田圭吾は四半世紀前に行った「いじめ加害の回顧」を元に糾弾され遂にステートメントを公表し、また五輪開会式作曲担当を辞任した。かつて若く愚かで傲慢だった男は中年になり、五輪という国家主義で粉飾した薄汚い資本主義の欺瞞に満ちた祭典に魂を売り堕したが、ポストフリッパーズギター、コーネリアスこと26歳の反逆児 小山田圭吾によって無事それは阻止されたのである。

結果的に90年代の(露)悪趣味ブーム、鬼畜系と呼ばれるような虚無主義による静的反体制ムーブメントは時空を超えて虚ろな態度で大量消費文化に迎合する邪悪な中年男性の台頭を抑えたが、同時に現代に生きる人々はそのショッキングで恐ろしい、怒りと羞恥を掻き立てる読み物の数々にも否定的な反応を示した。

「絶対に許せない」
ショッキラスに襲われた唯一の生存者が記者会見で語ったように、自慢話でもするように過去の悪徳を赤裸々に語ってみせる小山田、またそうした過度に攻撃的な内容を平然と掲載する当時の出版業界に人々は怒りを露わにした。

それはごく当然の反応であり時代を越えた普遍的なものであるように僕は思う。今回の件で当時の日本は今より野蛮で人々は狂気に満ちていて「いじめ」というものに肯定的であったといった滅茶苦茶な物言いすら見かけたが、おそらくそうではない。悪趣味ブームがカルチャージャミングの4大反応「驚愕」「恐れ」「怒り」「羞恥」を意図的に読者から発生させようとしていた事は間違いなく、その程度に差はあったかもしれないが現在と同様の反応を当時もそれは引き出している。

だとすれば、あの頃なぜそのような(今日的な感覚では忌避される)表現を好んで行ったかという点にのみ疑問が残る。つまりわざと露悪的に振る舞ってみせる態度にどのような文脈があるのかという事だ。

歴史とは連続体であり、悪趣味ブームが今日のサブカルチャーのいわば前史であるように、悪趣味ブームにもその前史となるものが当然あるだろう。ある区間の歴史を切り取り示す事はホールケーキを三等分するのと同様に極めて困難な未解決問題だが、誰もがそうするように僕もそれをまずは半分に切ってみようと思う。

60年代は新左翼の時代でありアナキズムの時代であった。その原動力は主に前世代的な規範、価値観に対する反父権主義と少数派へのシンパシーである。前者は共産党(既成左翼)を含む議会政治に対する反動となり、より直接的な行動と様々な実験的メディアハック戦略を実践する。また後者によりウーマンリブや50年代から続くアフロアメリカンの公民権運動などに白人男性の大学生や青年労働者が同調していく事になる。そこには帝国ロシアの貴族出身でありながら、ロシアにより母国語の使用を禁止されるなど著しい弾圧を受けていたポーランドなど帝国主義の犠牲者であった諸外国の為に戦った19世紀の革命家バクーニンと同種の機微があったと見てよいだろう。

ミハイル・バクーニン


自身と異なる属性(国、人種、性別など)の人間にほど強く感情移入し肩入れする病的なへそ曲がりのカリスマが一定の周期で歴史に登場する。彼らは自分たちが属するある時代、ある場所の「秩序」を生来の性質によって理由なく否定する。理由なくとは言ったが彼らがカリスマたる所以はそうした「反転」が周囲の人々を巻き込んで伝搬するという点にある。彼らはしばしば魅力的で嘘つきでとにかくやたらに弁が立ち、一般に考えられる常識と真逆の事を実にチャーミングな形でしてみせる。

YIPの創設者の一人アビー・ホフマンは67年の夏に他の抗議者を引き連れニューヨーク証券取引所を訪れると、警備員の制止を振り切り用意したごく僅かなドル紙幣と大量の偽札をトレーダ―に向かってばらまいた。この事件はすぐに新聞社など多くの「メディア」によって大々的に報道され世間の関心を集める事となった。

ホフマンの行動に眉を顰める人々がいたのは間違いない。若く愚かで傲慢な男が明らかな犯罪、迷惑行為を働くさまに驚愕し、もしそれが自分の身に降りかかったらと想像して恐れ、その不誠実な態度に怒り、この自分勝手な若者の姿に過去の自分を見出して恥じたことだろう。またホフマンが紙幣の偽造や不法侵入に威力業務妨害といった犯罪を行ったのは彼がいわば「反社会的な人間」であるからだが、彼がこうした「行動」を通じて世に問うたのは人間を労働力と言う「商品」として扱い、人と人が作った物(カネ)の主従を反転させてしまう現代資本主義の在り方、その極致たるマネーゲームの鉄火場を文字通り贋金拾いに過ぎないと視覚的に明らかな形にして喩えたのである。

ホフマンの生き方はさながらチキンレースを生き甲斐かあるいは死に甲斐とした50年代の若い刹那主義者のようであるが、理由なき反抗と目されたそれとの違いは、まさにその動機のエクスキューズにある。彼の反抗、その行動や手法は逐一反大量消費社会、反帝国主義の名目の基に正当化されている。これはホフマンに限らず同時代のアナキストが採用したアイデアであり、この時代の反体制、抵抗側の一種の秩序といえるだろう。

69年に社会学者ヨハン・ガルトゥングは構造的暴力という概念を提唱している。人種差別や性差別、階級差別に起因するある種の暴力は加害者(あるいは被害者)個人の問題以上に、制度化された「社会」によって引き起こされているという考え方だ。非常にシンプルでありふれた例としては何十人もの子供を「教室」という一つの閉じた空間に長時間押し込めば、その中で次第に「階級」や「役割」といった社会性が生じて、人種や障害の有無などの差異を理由としていじめが必然的に発生する。

ヨハン・ガルトゥング


構造的暴力は特定の加害者や被害者、あるいはその両方を疎外したとて真に問題を解決できない。一時的に止むかもしれないが環境が変化しない限り同様の問題はすぐに発生する。抜本的問題を解決するにはその(半ば固定化された)構造を変化させるしかないのだ。

同時代のアナキストはこうした「構造的暴力」、すなわち既存の(資本主義)社会がもたらす巨大な隠蔽された虐待の仕組みをまず明らかにし、そして究極はそれを変革することで打倒するのだと考えた。警察による暴力は警察官個人の暴力ではなく、警察という暴力装置によって引き起され、貧困は企業や延いてはキャピタリズムによって行われる。ゆえにそうした実体のない「構造」と活動家個人が戦う場合、個人の暴力は構造的暴力に対する自己防衛として時に正当化されるとも彼らは論じている。

例えば帝国主義的企業により不当な賃金で酷使される(すなわち既に搾取され虐待されている)労働者が蜂起を起こし、企業の施設から略奪を行う事は単にそれを取り返しているのに過ぎないという事だ。ナチスはかつてユダヤ人収容所に「労働で自由を」というスローガンを掲げていたが、彼らが過酷な強制労働を経てその後どうなったかを考えるべきだろう。ナチスは構造的暴力という概念を示す最も分かりやすい例の一つである。「各人に各人の所有すべきものを」を実行するには個人による直接的行動、すなわち暴力の行使が必要だと彼らは確信していた。

Jedem das Seineとはナチのモットーで「各人に各人の所有すべきものを」と訳される


「この本を盗め」はアビー・ホフマンによる71年の著書である。とりあえず、まず想像してみて欲しいのは、書店に「万引きしろ!」と書かれた本が並ぶ事のエキサイティングな暗い喜びだ。「メディア濫用」に憑りつかれた男の代表作にして後のカルチャージャミングという概念の例示的モデルが「この本を盗め」である。

この本を盗め


その内容は隣人にメシをたかる方法から爆弾の作り方まで多岐にわたるが、その挑発的なタイトルの通り、スーパーマーケットでの万引きの仕方などが実践的な形式でレクチャーされている。ホフマンはアメリカという国(構造)を豚の帝国と称し、豚から人が盗みを働く事は決して不道徳ではないと強い異化効果を持って語っている。既に社会から多くの物を奪われて「疎外」された人々はむしろ積極的に奴らからそれを取り返すべきなのだとちょうど今から半世紀前、カリスマは悪びれずに言ったのだ。

しかし新左翼運動と暴力的アナキズムの興隆はさして長くは続かなかった。理想主義とともに持て余したエネルギーはまさに爆弾のようであったが、実際にそれが爆発して犠牲者を生むようになるとやがて大衆の支持を失い、組織的にも、思想的にもその解体が急速に進んでいく。70~80年代の世界的なパンク/ハードコアムーブメントの時代がその(思想的な)余波にあった事は間違いないが、それはせいぜいBBC2のジョン・ピールが執心した程度のサブカルチャーに過ぎない規模であった。

ジョン・ピール


90年代のオルタナムーブメントに最も影響を与えたとされるアメリカのハードコアパンクバンドHusker Duは83年にMetal Circusという作品を発表している。そのA面1曲目に収録されているReal Worldの歌詞はアナーコパンク/ハードコアといった無政府主義を標榜する同時代のバンドらを真っ向から否定する。

よそのバンドは既存の法やルールを破り暴力を行使して世界革命を成し遂げるのだとアジったり威嚇的なショッキングで恐ろしいレトリックを用いたりするが、そういうのは自分はまっぴらごめんで、誰かをレイプしたり、略奪したりとか他人の生活を脅かすような真似も自分はしない。夜は家に鍵をかけて過ごすだけだという内容だ。こうした軟弱でノンポリな姿勢をハードコアというシーンに属しながらあえて明確にした事に反転があり斬新だった。

Husker DuのReal World

所属レーベルのSSTにとってもこれは大きな転換点であった。60年代的アナキズムは万引きというションベン刑もつかないようなちんけな犯罪を反帝国主義の為の自己防衛的行動だと再定義したが、企業や政府という漠然とした敵対的存在の前にそこには常に人がいて、その人生が立ちはだかる。ゆえにそれを傷つける事の不本意、ジレンマに対する苦悩は常にあったのだが、それならもういっそ思想を捨て人畜無害な存在になる事の方が人として正しいのではないかと気付いたのだ。

アナキズム的発想に基づく80年代の音楽ジャンルにPlunderphonics(音の略奪)というものがある。元々はジョン・オズワルドが自身の音楽をそう提唱したものだが、方法論としては既存の良く知られたあらゆる音を明け透けにサンプリング/コラージュして作る音楽で、そのジャンル名から分かる通り、「道徳的」な問題に対し自覚的かつ非常に露悪的な態度を示している。

ジョン・オズワルド

アメリカにはNegativlandというPlunderphonicsの代名詞とも言えるバンドがいる。SSTからのリリースで広く知られるこのバンドは84年にカルチャージャミング(文化妨害)という概念を提唱した。カルチャージャミングとは一種の「反転」を目的とした行為で、大量消費文化や商業主義に基づく既存の概念、その裏に潜む「構造的な問題」をしばしばショッキングでユーモラスな手法によって明かし批判する。

NegativlandのI Still Haven't Found What I'm Looking For
U2の同名の楽曲などを敵対的にサンプリングして使用している

カルチャージャミングの本質は端的に言いうと「いたずら」である。既存の企業ロゴや宣伝材料を本来は(商業的理由から)使われないような方法で無断に使用する。例えばダイエット広告のビフォーアフター図で示されるブクブクに太ったみっともない肥満男性の写真を切り取り、マクドナルドなどのファーストフード企業のロゴをまたカットして添えたとしよう、鑑賞者はその2つの要素をネガティブな結びつきでもって捉えるはずである。しかしこれは実の所、普段巧妙に隠蔽されている現実、つまりはファーストフードばかり食べている人間と企業が広告で使用するタレントの姿、これらの印象がしばしば事実と異なっている事、延いては肥満を製造する一方でそれに対する内省を行わないファーストフードチェーンの怠惰を白日の下に晒す。

嶋大輔(Rizapの宣伝素材)の乳首をマクドナルドのロゴで隠したイメージ

Plunderphonicsとカルチャージャミングは共にしばしば著作権侵害という犯罪として権利者から訴えられたり、あるいは不道徳として批判がなされるのだが、そうした係争や論争こそがある種目的化されているとすら言える。アナキズムのアイデアにおいてそうした体制による不当な抑圧は法的に正当化されていたとしても活動家は了承しない、ゆえに抵抗自体(メディアによる拡散、注目)に意義があるのでこうした犯罪は確信犯的に行われる。

つまりは企業や政府といった体制に対する「攻撃」手段をとってみても、60年代と80年代のアナキズムではその性質が大きく異なるのである。時代ごとにその時代の秩序があり、意図的に法やルールを破る側にも当然マナーやトレンドのような物が常に存在するという事である。

では日本の悪趣味/鬼畜系といった90年代のサブカルチャーがこうした流れの中でどのように位置づけられるのかという本題になるのだが、僕が思うにそれは80年代の虚無主義的イデアを踏襲した上で60~70年代のアナキスト的攻撃ノウハウを復活させたものではないかと思う。当時の(狭義の)サブカルが赤軍といったテロリストを興味や関心の対象としつつその思想にはさして感化されていなかったのは、それが失敗(敗北)したという歴史的前提、認識にある事は間違いない。

自分より上の世代、つまり親や教師が若い頃に入れ込んで大失敗した事を喜々としてやろうとする若者はまずいないが、世界革命や反帝国主義が陳腐化した中で唯一一定の成果を残したのが暴力の知見である。「この本を盗め」に書かれているテクニークは既にいささか時代遅れなものであったが、その発想自体は十分現代に通じるものであった。僕もあの本を読んでからは他所への引っ越しを見かける度「最近ここに越してきたばかりで家具やキッチン用品などまだ全然揃ってないのですが、よろしければ捨てる予定の物をくれませんか?」と声をかけるようにしている。

冗談はさておき、90年代のサブカルがドラッグの紹介や万引きのやり方をレクチャーしたのはホフマンが豚の帝国と一人一人が戦う為に覚えるべきサバイバル術として大麻の栽培法や前述したスーパーでの万引き法を解説した事に通じている。しかし90年代のサブカル的アナキズムと70年代の新左翼的アナキズムの大きな違いはエクスキューズの有無にこそある。

危ない28号別冊
個人的に危ないは1号より28号の方が好みです。
Hotlineというのは90年代のMac用ファイル共有ソフト、
ですから情報が古すぎて歴史的価値を除くとクソの役にも立ちません。


すなわち反帝国主義が陳腐化した時代においてはホフマン式の犯罪正当化(構造的暴力に抗う為に個人の暴力が自己防衛として正当化される)というレトリックは意味をなさなくなったのである。より正確を期して述べるのであれば、そうした自身の犯罪をおためごかしな態度によって正当化したり、あるいは労働者の暴動といった他者/弱者に対して同情的な視線を持っていた上の世代のインテリに若者達は単純に反感があったのだろう。

露悪趣味は構造的暴力という概念に対する思想的な解体と反転をしばしば行う。いじめが個人ではなく社会という構造によってなされる事、略奪が貧困という社会問題によって発生する事、その加害者も被害者もそうした社会という劇場の単なる演者に過ぎないという前時代的な思想を逆転させ、いじめも万引きもただありのままの暴力でしかないのだと露悪的に表現する。

しかしその冷淡で虚無主義的かつ過剰な攻撃性を帯びた筆致は当然に過去の文脈、つまりは19世紀のバクーニンから続いたアナキズムが、更にはその前史としてマルクスが下地にある。なぜならば歴史とは連続体でありワンピースで提供されるカットケーキではないからだ。90年代の悪趣味/鬼畜系カルチャーがうわべ上無思想を装うのは一種の反父権主義であり、旧来的なレトリックの使用を徹底的に忌避したがゆえにその露骨なスタイルとなったに過ぎない。言外には常にマルクス的なヒューマニズムの視線や共感を持って読み解いてほしいという七面倒臭い愚かで傲慢な若者の繊細さがそこにはある。

RandyのKarl Marx And History

またそうした言い訳の一切を(一見すると)行わずに対象や自己の悪徳を描くという姿勢そのものが、暴力を構造的暴力と直接的(個人的)暴力に分別し再定義する事で正当化した旧来の新左翼/アナキストを暗に批判しているとも言える。80年代にHusker Duがしたそれと異なる点は反暴力の視点からアナキズムを批判するのではなく、暴力という行為を肯定した上でその思想性のみを否定している事だろう。

彼らがあえて暴力を肯定する事はレイプカルチャーの概念を念頭に置く事で説明が可能である。レイプカルチャーとはレイプをするなと教えるよりレイプされないようにしろと被害者やその潜在的な対象へと教える文化、構造的暴力を意味する。いじめ被害を相談したら、鍛錬によって強くなり打開しろ!と教えるのは何も大山倍達のような狂人に限らない。直接的暴力に対する最も明快な対症療法は個人が同様に直接的暴力を獲得する事であり、往々にして世間はそういった言説を肯定してきたしそれはおそらく今日現在も同様である。

Rapemanの7インチ
アートワークは日本の漫画レイプマンの1コマから無断で拝借された

文系のヒョロヒョロしたボソボソ喋りの根暗っぽいおぼっちゃんが障碍児童をいじめていた事実を明らかにする事で生じる異化効果は、いじめという一般に圧倒的な暴力を有した…つまり体のデカい体育会系の先輩とか腕っぷしに自信のある不良みたいな連中が行うものだという先入観や偏見を我々から取り払い構造的に行われるのだという現実をカルチャージャミング的に示すのである。

ベルトルト・ブレヒト
20世紀の劇作家でマルクスの「人間疎外」に着想を得て異化効果という演出技法を発明する

いじめは良くないと表向きには言いつつ、同時にいじめという構造的暴力がありふれたものであるとも認識し、弱者に対してはいじめられない為の方法として暴力の獲得を推奨したり、あるいはいじめられるのにも理由があるのだといった二重三重のレイプを行う事で保たれる秩序が現実にあり、そうした裏側をショッキングで恐ろしいエクストリームな表現を通じて露呈させる…ここに悪趣味/鬼畜系ブームの斬新さがあったのである。

これは前時代のアナキスト達が用いた手法と実は同様の構造なのである。あらゆる時代でショックは常にフックであったのだ。しかし「この本を盗め」や日本の「腹腹時計」といった60~70年代当時の地下文書にあったような思想性を悪趣味/鬼畜系と呼ばれる文化は表向きに主張しなかった事が後に仇となった。彼らは自分たちがそれらを積極的に言葉にしないでも人々はその「文脈」を理解してくれるものだと甘えていたのである。言わなくても僕たちの事は分かってくれという若者特有の愚かで傲慢な考えである。

彼らの世代がアナキズム的思想を言葉にせずその腹の中で飲み込んだ事で、その後の世代もまた彼ら自身もその価値観を失ってしまったのである。人の記憶は脆く、外部記憶装置にアーカイブ化して残さなければ自身の体験すらやがて失われる。思想も、いじめの記憶も、怒りや反骨心さえもやがて失せて、五輪という国家主義で粉飾した薄汚い資本主義の欺瞞に満ちた祭典に平気な顔して参加ができるようにだってなるのである。時は残酷に人々に試練を課すのだ。そうした意味ではQJのコピペを異常な執念でもって貼り続けるような有志がいた事は一つの希望でもあったのだ。

僕は今日という時代に悪趣味ブームや延いてはアナキズムを語るにはやや感傷的なきらいがあると自覚しているし、わざわざここまで読んだ上でも、そのしばしば護教的な態度が透けて見える事に辟易としたかもしれない。あなたが何歳くらいか実のところ知らないのだが仮に10代や20代だったとして、おそらくは一切の同意や理解が出来なかった筈だし、一言一句に腹が立って仕方なかっただろう、しかしそれは当然の事なのだ。

最後に新左翼運動家のジャック・ワインバーグの言葉を引用して本稿を結ぼうと思う。またこの言葉はYIPの共同設立者ジェリー・ルービンが頻繁に引用した言葉でもある、ルービンとは記事冒頭の写真でホフマンの隣に映っている右の男だ。

"Don't trust anyone over 30" 

 -Jack Weinberg

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ugh