2022年7月13日水曜日

意訳 Troglodyte (Viagra Boys)

Troglodyte


あいつは手前のコンピューターで作業してるが

家にあるてめーの銃について思いを馳せてる

いつの日か奴は発射する

銃を持ち込み出社して


あいつは誰からか受けた仕打ちと

その仕返しの仕方を思い浮かべている

しかし彼らのやり方は大体違う

むかしむかし俺たちが猿だった時代


誰もがみんなエテ公だった頃

俺たちはただ生きるため殺したが

それで今日お前はひとつ凶器を得てだ

人の生き死にを選別したつもりでいやがる


ところが俺たちが毛むくじゃらの毛だらけだった頃

お前はまだ湖を泳ぐだけの無垢な水棲生物で

お前はずうっと穴居人

結局お前は得てして進化が遅く

エテ公じゃない、穴居人なんだ


あいつは科学を信じないと言う

どのニュースもフェイクだと考えて

それで夜更けまでコンピューターに向かい

不快に思う事を書き連ねてやがる


もしこれが100万年前の出来事で

まだ俺たちが洞穴暮らしだとしても

それでも猿どもはお前を決して歓迎しない

ほらな、だってお前は進化が遅い

猿じゃないのさ、穴居人なんだ



先日リリースされたViagra Boysの最新作「Cave World」は同時代の真に象徴的なインターネットパンクロックのアイコンとして今後一定に記憶される事になるだろう。往年のDAFを想起させるような研ぎ澄まされたミニマルさとがちゃがちゃした不協和的な喧騒が同居し、フロントマン セブのだらしなく膨らんだビール腹に隙間なくタトゥーが施された堂々たるルックスからもその音楽性と同様に怠惰と緊張を感じさせる。悪ふざけのようにインターネットミームの執拗な引用を繰り返しながらも、さりとて単なるノンポリと断ずる事はできない一貫した詩文上の政治的主題があり…こうした相反する矛盾した要素の集合が陰陽模様となって対比的にその(音楽的延いては美学的)周縁を際立たせているのだ。「勃起薬」と「少年」という誰のスパムフォルダにも堆積するコモンな語を対地的に組み合わせたバンド名がもたらす効果と同様にそれはルードな浸透性と劇物的な刺激に満ちている。

Girls & Boys

本作でしきりに主張されるのは猿(あるいは類人猿)の社会性と、国際的接続をゆるやかに維持する一連の今日的な反権威主義ムーブメント、その双方が持つ開放的な側面と閉鎖性の極端な比較を通じて行われる原始回帰論に対する批判とアイロニックな憧憬的賛美だ。「社会を去り猿になれ」というシットポストのコーラスは常に本気であり、嘘であり、悪ふざけである。そのいずれか一つが欠けただけでこの群衆の船は動かない。

2016年に民間人によって射殺され17歳で命を落としたハランベという若者を覚えているだろうか?この悲劇的な事件はアメリカの銃社会の不条理を象徴する出来事として世界中の多くの人に今も記憶されている。事件の顛末はこうだ、両親と共にシンシナティ動物園を訪れた4歳の少年が無理やり囲いの柵をよじ登り浅瀬の堀に落ちてしまう。ここで予想外の来客に興味を示した「ゴリラのハランベ」は彼を軽々と掴み持ち上げると水辺から陸地へと引き上げ少年をどこかへ連れて行こうとするではないか。この事態を重く見た飼育員は遂に体重200kgを超える巨大な心優しき怪物の銃殺を決断するのだった。

…ハランベの悲劇的な死に人々はおおむね同情的であったが、このゴリラに対する過剰なシンパシーが同時に相対主義的な悪ふざけのインターネットミームにも昇華してしまう。2016年以降、著名人の死や銃犯罪による無垢な人々の犠牲はゴリラを偲ぶ画像のコピペとセットになって人々の薄暗い心のユーモアと爪垢程度の創作性をいたずらにくすぐり続けたのだ。

クソ野郎

人間が猿に対して抱く親和的な感情と一方でそれを見下すような態度、恐るべき力(ゴリラ・パワー)と劣った知能(ゴリラ・ブレイン)、穏やかで優しく危険で暴力的、便宜主義的な観測者のネガポジ反転は全て現代人の猿に対する執着に帰結する。様々な形で降りかかる権威主義的抑圧は不本意な形で齎される個人の禁欲主義へと繋がり、疫病禍の昨今この傾向は特に強まっている。ジャングルの猿となり自由を謳歌する事への憧れはその反動であり、朦朧とした酔っぱらいの少年たちが反進化論に立脚する保守回帰系のリバタリアンに対しても「猿に戻ろう」と声をかける隣人愛精神に根ざした挑発的な自虐もまた卑屈なユーモアの反転に他ならない。

Return to Monke

猿の群れは誰一人としてワクチンを打たないし、恐らく彼らは地球が丸いとも、人類が月に降りたとも信じていないだろう。「ある種」の人達にとってそれはイデオロギー的に親しい事を意味するわけだが、では果たして彼らを猿達は受け入れるのだろうか?残念ながらオープンキャリーで周囲を威嚇するヒステリックなインターネット中毒の差別主義者を彼らが同胞と見做す事はまずないだろう。また猿は賢く社会的だが、銃や爆弾を自作できるとか、スマートフォンを使ってネットで真実に到達し議事堂に大挙して襲撃を仕掛けるといった「知性」を持たない。

今日の世界が抱える苦悩と混沌は膨大な情報の洪水を日常的に処理し記憶する事が可能な人類の知能を原因としている。血管を伝い体内を駆け巡るマイクロチップの存在に怯えるといった荒唐無稽な被害妄想も高度な脳の働きが可能にした事で、猿には出来ない芸当なのだ。むしろ真の悲劇は我々のこの中途半端に発達した知能が陰謀論というゴミ束のサラダを処理する為にしばしば大部分が長時間に渡って費やされてしまうところにある。猿は自分が5Gの電波を送受信している可能性を疑って不安に陥ったりしないだけ生きやすいのだから、翻ってワクチンを全く恐れない人間はワクチン恐怖症の人間よりも猿に近い処理能力猶予をそこで獲得している。

結局のところ我々は猿にもなれない他者への敬意に欠く野蛮な穴居人(クソ洞穴野郎)の負け犬であり、またそれは誰か特定個人やその行動に起因するのではなく構造的に生じた結果であると言えよう。我々が陥った一寸の先も見えないじめじめとした暗闇の地獄は秘密結社の黒幕が用意した卑劣な罠ではなく大抵は雨風によって自然に生じた大きな洞穴に過ぎない。しかしこの場所ではホラ吹き達が常に猿叫し、その残響音に群れは終始怯えてもいるのである。

Punk Rock Loser

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