2012年11月1日木曜日

Hotline Miami マイアミへのラブレター

CactusことJonatan Söderströmのゲームはワンアイデアのコアを素早く形にすることを第一とした開発メソッドを掲げている。アマチュアゲーム開発が陥りやすいパターンの一つに、どうでもよい(当の本人にとっては命の次に大事な事であろうが)ディテール向上に努めてゴールを見失ってしまうというのがあるが、Cactusはその見切りをスマートにしてみせる。

氏のオブスキュアながら強烈な作品群(まさに群れと呼ぶに相応しい多作っぷりである)はさながら、8トラックに思いついた1フレーズを吹き込んだような宅録インディロックだ、ワンアイデア、ワンフレーズ、ワンプロット、プリミティブな湧き上がる根源を、そのまま素手で粘土を殴って形作るのだ。ビデオゲームという市場の不思議な所は、年単位の開発期間を取り、何十人と言う人が携わって作る小奇麗な工業ビデオゲームとこれらを画一的なビデオゲームグレードとして比較するという所なのだが…まぁそんなことは今更どうでもいい、8bitホビーPCの匂いたつミニマルな知恵遅れへのラブソングも、強烈なフィードバックエフェクトにまみれた全方位スモウレスラーシューターも、モンドも、80年代マイアミのイカれたサイコパス殺人鬼のイノセントも何もかも美しい、ただそれだけでいいじゃないか。



Hotline Miami、スカンジナビア新世代の秘蔵っ子Cactusの本格的商業デビュー作である。ゲームプレイの核は想像以上にしっかりとしたトップダウン視点の"暴力"であり、ミニマルなルールながら、ステルス、近接殴打、銃撃を絶妙な匙加減で混ぜ合わせたハイスピードなカチ込みアクションとなっている。イメージとして近いのは映画タクシードライバーのラストでトラヴィスがポン引きのマンションに踏み込んだ時の、あの泥臭くもスリリングな緊張感に溢れたサイコパスの襲撃だ、ビデオゲームでの追体験と言っても過言でないだろう。


サイコパスはスローモーションでスタイリッシュに二挺拳銃を放ったりはしない、殺しきれなきゃめいっぱい踏んづけて止めを刺さなきゃならないし、近づきすぎると銃が当たらずお互い素手の殴り合いだ。万能すぎるアサルトライフルで屋外での400m向こうの殺人から室内戦での0距離射撃、果てはビールの栓抜きまでこなすシューターが多い中で大変テーマに合致したシステムとなっている。



そしてなにより命の軽さだ、インスタントリスポーンで即座に蘇りながらプレイヤーは死んで、死んで、死にまくる。ドアを蹴破りバットでスカムの脳天を叩き割るが、遅れて飛び出したもう一人のクズに反応間に合わず脇腹を刺されて死亡、瞬間リトライでまたドアを蹴破り、スカムにバットを放り投げて気絶させる、さっき刺された外道をノックアウトして落としたナイフで慈悲を掛けている間に、ガラスの向こうの悪党から散弾を食らってナミアムダブツ。今度はドアを蹴破って顔を見せたらさっさと引っ込んで、突っ込んできたアホをひたすら殴打だ、前世で散弾を浴びせてくれた小悪党が落としたソードオフをさっと拾って、ぶん殴って白目剥いたボンクラを抱えて肉の盾にする、クソったれを抱えてチンタラしてたら廊下の向こうから走ってきた犬畜生に喉笛を噛み千切られたのだった。


高速回転する死と殺しの繰り返しが、イカれた男の無謀な戦いを、その刹那的な生き方を描いている。部分的に見たとき、敵のAIは誘き寄せにかかりやすいとか、プレイヤーを見失うのが早すぎるとか、バカすぎやしないかと思うのだが、2周目をクリアした時点で僕は1000回死亡実績を既に解除していた、そうバカはお前なのだ。


ここはオブスキュアな荒いドットで描かれた(画面の解像度自体は高い)オブジェクトを極彩色の過剰なポストエフェクトが覆う、サイケデリックな死の蜃気楼によって熱気だったマイアミ。シボレーカマロを降りて、ラバー製の動物マスクを被ったら、赤い色、さくらんぼ、けん玉のまるいとこ、郵便局の配達バイク、テールランプ、踏み切り信号、スカムの白のスーツが血に染まる。Lのせいか首を吹き飛ばしたスカムの頭上にスコア表示が見えた気がする…。



殺伐とした超暴力の合間に挟まれる演出のアクセントが絶妙である、スーパーマーケット、バー、レンタルビデオショップ、マスマーダーの箸休め。チェコのIllusion Softworksによる傑作Mafiaでは、血塗られた"稼業"の帰りは同僚を車で家に送って、自分もまた自宅へ信号、法定速度などの交通ルールに気をつけながら帰るという相当に野心的な(面倒くさい)フィーチャーがあったが、感覚的にはそれに近い"日常"シーンが描かれる。中でもゲーム中盤で気まぐれに拾ってきたヤク漬けのパンスケによって、荒んだアパートの自室が整然としていく様は感慨深く、サイコパスのルーチンワークマスマーダーという異質なテーマをイノセントな感傷を交えて引き込んでいく。コントラストが利いたストーリー部分のフックは大変強く、約3時間に至るエンディングまでの僕のファーストプレイは事実休みなしで終わった。



サウンドトラックは概ねお気に入りだ、神経質なイルの雰囲気が痺れるカチ込みトラックHydrogen、相対的に見れば確かに日常BGMと言えなくもないアパート内BGMのDeep Coverも十分にドープだ。全てogg vorbis形式でパッケージもされずインストールフォルダに無造作に置いてある。


ゲーム自体の長さは初回クリアまで3時間程度、Super Meat Boyを彷彿とさせるチェーンソーの刃の様に高速回転するトライ&エラーのサイクルながら、ステージ数、内容はSMBのようなボリューミーでマゾヒスティックなそれではなく、サクッと終わる。ゲームプレイのベースがしっかりしている分、ステージ数の少なさに勿体無さを感じるのは確かである。


本作にレトロスペクティブなある種の感情を抱かなかったと言えば嘘になるし、ウィリアムズ~ミッドウェイのNARC、Smash TVを思い起こさせるというか、それは元ネタと言って過言でないだろう(巨大生首のボスが出てこなくてもだ)。それを踏まえても本作は"モダン"で"ユニーク"だ、ノスタルジアというと語弊が出るだろう、これはシンパシーだ。統合失調的な殺人鬼のイノセントに対するシンパシーであるし、万能でない銃を思い切って相手に放り投げて、そのまま素手で顔面が陥没するまで殴りつける行為をゲームプレイに落とし込んだセンスに対するシンパシーであるし、ビデオゲームインダストリに対するシンパシー(同情)でもある。この映像に触れた時、したり顔でレトロ調の~なんてつまらない言葉を使うんじゃないぞ、これはオブスキュアな"イメージ"だ、それ故に僕はこのマイアミを愛してやまないんだ。

ugh