大学生達によるビデオゲーム開発が花開いた1970年代。ビデオゲーム開発がまだインダストリから遠く離れたプリミティブな存在であった時、世界初のアドベンチャーゲームであるColossal Cave Adventure(あるいは単にAdventureと呼ばれる)が生まれた。あの頃のコンピュータゲームがメインフレーム上で走っていた事もこの2人称の語りを定着させる一つの要因であったといえよう、ターミナル(端末)からコマンドを入力してメインフレーム上のホストコンピュータと対話する形式は、RPGセッションにおける冒険者とゲームマスターとの対話の図式に酷似していた。
ターミナルを介したメインフレームとの対話 |
スマートコンピュータとかインテリジェント端末とか言った単体でプログラムを走らせるマシンが現れ、いわゆるパーソナルコンピュータが興隆した80年代においても、まだマシンと人の対話(バーチャルターミナル)という図式は根強く残っていた。ターミナル型の対話風I/F(インターフェイス)を持ついわゆるZorkのようなコテコテのI/F(インタラクティブフィクション)はもとより、それは初期のグラフィックアドベンチャーの時代も同じで、King's Questが3人称の視点を得ても、なお未だ画面の向こうで忙しく歩きまわる"彼"を指して語り部はそれを"あなた(You)"と言って表するのだった。
不幸にも堀に落ちた画面の向こうの"彼"は"あなた"なのである |
DejavuはMacintosh初期の85年、MACネイティブで作られたグラフィックアドベンチャーだ。
オリジナルのゲームプレイ
オリジナルはモノクロながら精細なグラフィック、先進的なMacのフォントシステムによる美しいタイポ、GUIをフル活用した直感的なインターフェイスを活用した歴史的なタイトルである。後に各ホビーPC向けにも移植されるが、まず先にフルカラーにアップグレードされたAMIGA版、続いて80年代後半まで断続的に各バージョンがリリースされた、日本語版としてはケムコのファミコン版と、後にパックインビデオのPC98版がリリースされている。
ストーリーは禁酒法時代のシカゴ、プレイヤーは記憶を失いバーのトイレで目覚めた男(元ボクサーの私立探偵エース)となって、殺人の濡れ衣を晴らし、真犯人を見つけその証拠を掴むのが目的となる。意味のあるもの/ないもの、大量の取得可能アイテムが、床、机の引き出し、ペン立て、衣服のポケット、鞄、くずかご、到る所に存在するディテールに富んだ世界を試行錯誤し、覚めない悪夢を自ら解き明かすのだ。
日本で最もコモンなFC版 |
オリジナルにないラストの独白、基本こんな感じ。 |
本作は元々エースの一人称視点のグラフィックで描かれているので、こっちの方がしっくりくる気がするが、なかなかそうでもない。これまで入力(テキストアドベンチャーの場合は文字通りだ)を行うと、語り部であるコンピュータは"あなたは~をした"といった調子で結果を画面にテキストで出力していた。これが"俺は~をした"という状況描写になると受ける印象はガラリと変わる。プレイヤーの行動は自立したAIキャラクターに対する命令となり、あたかもキャラクターは己の意思を持って動いたような口ぶりで話すように感じるのだ。また受け付けないコマンドを入力すれば、キャラクターはこちらの意思を拒否したように感じるだろう。
ケムコFC版のゲームプレイ
例えば、このDejavuでは拳銃を自分(Self)に対して使用した際、オリジナルでは"あなたは自分の右目を見事打ち抜いた~"という淡白な状況描写で終わる所を、"これから先の未来は闇でしかない…"と一人ごちてから自殺を図るのがケムコ版の固ゆで風エースなのである。無論この愚かな行いを入力したのはどちらもプレイヤーに他ならない。エースは一人ごちろうが、あくまで言われた事しかやらない男だからだ。しかしオリジナルDejavuは"あなたは"という主語を用いる事でその責任、あるいはマヌケの自覚をプレイヤーがより強く感じるようになっている。対してケムコ版は"俺"という主語によって、プレイヤーに拳銃を渡されたエースが勝手に自殺を図ったかのような印象を抱かせる。
ちなみにパックインビデオのPC98版はオリジナル準拠の語り部で、エースことプレイヤーを指して"あんた"と表する砕けた口語体。エースの1人称による独白調はケムコ版Dejavuのみの大胆なリメイクだったのだ。なお本作は同じくケムコによるNes版も存在するのだが、こちらは普通にオリジナルのテキストベースなので(オリジナルになかった事件解決後のスクリーンでの独白を除き)この意欲的なローカライズは正真正銘日本のみの要素である。そして、その大胆不敵な仕事の割に肝心の日本人の殆どに認知されていない。
無論、Lucas artsのグラフィックアドベンチャーなど、はじめからキャラクターシンボルのスピーチのみで紡がれる、3人称の映画的(すなわち"あなた"と"わたし"という関係は極めてゲーム的な演出手法なのだ)演出手法へと極自然に業界は移行していく。その過渡期で日本のメーカーが試行錯誤していた事を我々は忘れてはならない。先人の長年の研究と挑戦が、後に橘純一のような、こちらの意思決定を弄び、勝手に言葉遊びをして文字通り暴走する1人称視点のパーソナリティという不可思議な存在を生み我々を混乱に陥れたのだ…まぁそれは考え過ぎかな。
ケムコはこのDejavuを皮切りにMacventureエンジン製の作品を結局全てファミコンに移植することになる。なかでもシャドウゲイトは恐らく不名誉なクソゲーブーム文脈においてDejavu以上に有名なタイトルだろう。ここまで読んだ"あなた"は薄々お気づきだと思うが、ケムコはShadow Gateでも同様にプレイヤーキャラクターに独自の人格を与えた。主人公の一人称語りがハードボイルドというある種の体系化された足かせによって繋ぎ止められていたDejavuに対し、Shadow Gateの冒険者は際限がなくなり、結果としてビデオゲーム界のドンキホーテが生まれた。
死の原因となる無茶な行い(素手で巨人に立ち向かう、溶岩に飛び込む)はマヌケ男の過度に装飾された独白を伴う。無論こちらもオリジナルは2人称の語り部によって状況は語られていた。無理難題、無茶な行為をすればマヌケな"あなた"を待つのは当然の結果であったのだ。それをケムコは冒険者に狂人じみた思考とその語りを与える事で、見事にロジャー・ウィルコのような頓珍漢に仕立て直してみせた。それもあまりに自然な語り口だ、殆どの日本人はシャドウゲイトがおかしなゲームだと思ってこそいたが、それが翻訳の過程で大きく改変されたものだと気づかなかったのだ。シャドウゲイトはもはや、日本人にとって、それそのものとなっているのだ。
参考:
http://www.hardcoregaming101.net/icom/icom3.htm
あわせて読みたい:
http://clavis.info/wiki/amagami_first_impression
http://clavis.info/wiki/Gaming_Made_Me_Colossal_Cave_Adventure
唯一の例外が死亡シーン 語り部であるエースが死ぬと、死神が2人称で語りかけてくる |
ちなみにパックインビデオのPC98版はオリジナル準拠の語り部で、エースことプレイヤーを指して"あんた"と表する砕けた口語体。エースの1人称による独白調はケムコ版Dejavuのみの大胆なリメイクだったのだ。なお本作は同じくケムコによるNes版も存在するのだが、こちらは普通にオリジナルのテキストベースなので(オリジナルになかった事件解決後のスクリーンでの独白を除き)この意欲的なローカライズは正真正銘日本のみの要素である。そして、その大胆不敵な仕事の割に肝心の日本人の殆どに認知されていない。
PC98版は2人称の語り部 |
ご存知 Day of the Tentacle タイムトラベルをテーマに3人のキャラクタを操作する傑作 3人称視点のキャラクタスピーチにより物語が進行する |
ご存知 橘純一 高校2年のクリスマスを永遠に輪廻するタイムトラベラー ゲームでは彼の一人称による(度々突拍子もない)独白で物語が進行する |
ケムコはこのDejavuを皮切りにMacventureエンジン製の作品を結局全てファミコンに移植することになる。なかでもシャドウゲイトは恐らく不名誉なクソゲーブーム文脈においてDejavu以上に有名なタイトルだろう。ここまで読んだ"あなた"は薄々お気づきだと思うが、ケムコはShadow Gateでも同様にプレイヤーキャラクターに独自の人格を与えた。主人公の一人称語りがハードボイルドというある種の体系化された足かせによって繋ぎ止められていたDejavuに対し、Shadow Gateの冒険者は際限がなくなり、結果としてビデオゲーム界のドンキホーテが生まれた。
オリジナルにはない迫真の独白を持って自殺を敢行 |
参考:
http://www.hardcoregaming101.net/icom/icom3.htm
あわせて読みたい:
http://clavis.info/wiki/amagami_first_impression
http://clavis.info/wiki/Gaming_Made_Me_Colossal_Cave_Adventure
本当面白いです。共感できるところが多くて、本当に楽しいです。
返信削除たまにしか更新されないですけど、毎日開いて更新されてるとうれしくなります。
これからもガシガシ更新されるとうれしいです。
本当死ぬほど楽しいです。
あーもっといろんな記事を読んでみたい。