「ニンテンドークラシックミニ ファミリーコンピュータ」
発売記念インタビュー 第1回「ドンキーコング篇」https://topics.nintendo.co.jp/c/article/cb4c1aca-88fb-11e6-9b38-063b7ac45a6d.html
『ドンキーコング』は、マリオがはじめてジャンプした画期的なゲームでもありますしね。そうですね。ただ、これをつくった頃はけっこうマジメだったんです。たとえば身長より高いところから落ちたら、足がグキッとなるでしょう?
はい(笑)。そこで、身長の1.5倍くらいの高さから落ちると死ぬようになってるんです。でも、さすがにそれくらいで死ななくてもいいんじゃない、ということでつくったのが『マリオブラザーズ』で、いまや身長の5倍くらいの高さから落ちても平気な顔をしてますからね。マリオがジャンプするたびに、足がグキッとなったらゲームになりませんからね(笑)。
ゲームジャンルとしてのプラットフォーマー(日本でいう所のジャンプアクション)を顧みると、ドンキーコングが登場した81年から85年くらいの短い期間で既に大転換が発生している。この時代の少なくない主人公達は身長より高いところから落ちたら足がグキッとなって死んでいた。
マイナーウィリー トレインスポッティングのカナビス座薬を便器から探すシーンで、 ウィリーを思い浮かべた人は多かったのではないだろうか。 |
黎明期のプラットフォーマーで最も特徴的なのはジャンプ中の空中制動が殆ど効かない点だ。ヒーロー達は地面を蹴って宙に浮いた時点で着地地点がほぼ確定する。その場で垂直に飛べば一定時間後に足を着くのは同一地点だろうし、前方に飛んだ後空中でブレーキをかけて軌道を調整するというような事はできない。よく考えればそれは至極当たり前な事で、現実の我々が生身のまま重力下で跳躍を試みたとして、その放物線を修正する手立てなどマイク・パウエルだって持ち合わせていないのだ。
ウィリーの古典的なジャンプ やまなりに弧を描いた後垂直に落下する |
ウィリーの古典的な垂直ジャンプ 飛んだ位置と着地する位置はイコールの関係だ。 ドンキーコングのマリオも同様のジャンプメカニクスを有している。 |
よって80年代初頭のビデオゲーム炭鉱夫達は大抵はまったく我々と同様に重力の枷に縛られており、宙に美しい弧を描き、また同じような理由から身長より高いところから落ちたら足がグキッとなっていたのである。また、この重力の枷という概念は全く言葉通りの意味をしており、無~低重力の宇宙空間を題材としたゲームにおいてはそのフィジクスが適用される。具体的には83年のMajor Havoc(の破壊工作面)やJetpacなんかは同時代の炭鉱夫や探検家とは異なる挙動のメカニクスを有していた。
Jetpac ジェットパックを装備しているので自由に飛び回る事が可能だ。 |
Major Havoc 跳躍後も放物線運動をせず泳ぐように移動する |
宮本茂の言う所の"けっこうマジメ"というのは、この80年代中頃までの現実志向的な物理設計思想を指している。Jet Set WillyもMontezuma's RevengeもSpelunkerも地球の重力下を想定している以上、そうする事は自然な帰結だったのだ。日本ではスペランカーがビデオゲーム最弱の超虚弱体質キャラクタとして認知されているが、実のところ当時(のホビーPC版)の感覚では特段弱くもないというか、ごく普通の標準的な設定であった。
Montezuma's Revenge 弧を描いた後にそのまま"流れていく"独特なジャンプ。 でも高いところから落ちたらもちろん即死。 90年代後半に突如現れた続編Montezuma's Returnが 滅茶苦茶すごいバニホゲームなのでいつか紹介したい。 |
Monty On The Run 特徴的な美しいジャンプアニメーション Rob Hubbardが手掛けたC64版のVGMは"モンティ"パイソンの スペイン宗教裁判で使用されたDevil's Galopがまんま元ネタだけど超人気。 |
魔界村 高所から落下してもダメージは受けないが、 空中制動の制限が非常に厳しいゲーム。 タイトル毎に何ができて、何はできないか(させないか) というトレードオフの鋭利さが藤原得郎イズムだ。 |
ただポスト世代にとってFragileな特性は代替的な手法だったという感は否めない。興味深い例としては黎明期に登場したChuckie Eggという1画面アイテム収集タイプのオールドスクールなプラットフォーマーがある。このゲームは元々マイナーウィリーのようなハウスハリーという農夫がプレイアブルキャラクターで、彼が散らばった卵を集めるゲームのはずだった。だのに続編になったら突然チャックという卵のバケモノみたいな奴に主人公が代わっていて、元々高所からの落下に強かった(Lode Runnerから多大な影響を受けたタイトルなので殆ど死ななかった)ハリーと違い、このチャックは卵なのでちょっとした高さからダイブするとすぐに割れて死んでしまうのだ。
Chuckie Egg1から2 おでぶのハリーは何故か卵のバケモノに交代させられた。 なんか口の端から血を垂らしているし… |
かつてはそれが当然であったとしても、常識が転換した後の世界ではFragileである事に特別な理由付けが必要になっていたのである。また捨てる神あればなんとやらで、80年代後半以降はこのオルタナティヴ性がPrince of Persiaなどのポストプラットフォーマーに引き継がれていて、Another WorldやBlackthorneといった写実的で精密なモーションで描かれた一つ一つの所作、アクションに著しい制限を課す"けっこうマジメ"なプラットフォーマーは登場の時点で明らかに他と区別されるグループに属していた。
Prince of Persia 現実的な物理ルールが意図して適用されている。 精密なアニメーションはちょくちょく映画などから勝手にトレスして起こされた。 |
足がグキっとなるか、ならないかは何によって決定されるのか?それはどこかのcvarを0か1で切り替えられる話だったりするので、現実の我々が確実にグキっとなるのと違い、職業選択や結婚よりも自由な概念である。自由であるがゆえに、前時代の否定など世紀を跨いで波のように揺れ動き、ある時には亀山雅之の生んだマリオのような唯一無二の新しいパターンが出現する。全ては等しく正しく、グキっとなったりならなかったりなのだ。
物理なのだ。
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