2018年4月18日水曜日

æ 君の好きなその眼球 俺も昔から好きなんだ。

"And now here is my secret, a very simple secret: It is only with the heart that one can see rightly; what is essential is invisible to the eye.”
― Antoine de Saint-Exupéry
狐の去り際の言葉とは裏腹に、我々が物憂げな美少女の内に秘めたる思いに共感したのは彼のあの目をみた時であったと思う。そして狐の教えてくれた通り、目と目を交わしても彼は彼女の心を見通す事が出来なかったのである。

恋は雨上がりのように
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「恋は雨上がりのように」は見目麗しい黒髪の女子高生 橘あきらが、バイト先のファミレス店長 近藤正己に対し人知れず恋をしているという描写から始まる。そこに至るまでに出会いがあり、心臓を射抜かれる瞬間があったのだろうが、それはまだ描かれない。はじめに視聴者に知らされるのは近藤正己という男が職場の人間からは総じて情けないおじさんだと呆れられ、また本人もそれを自覚しているという事と、にもかかわらず彼女だけが例外的に、肥大した盲目的な好意を彼に寄せているという事だ。


この目

彼女の心の内は「店長…好き」というあまりにもシンプルなモノローグによって明かされる。視聴者が美少女と秘密を共有する瞬間である。彼女がなぜうだつのあがらない中年男性に恋したのかは本作を駆動させる重要なミステリーであるが、半ば種明かしのされた秘密のようにも感じる。近藤正己の目は「機動警察パトレイバー」の後藤喜一と同じ目をしている。我々が後藤隊長に恋したように、少女が同じ目をした男と恋に落ちるのは必然なのだ。

荒川といい劇パト2は目が印象的だ

後藤隊長に恋い焦がれるようになったのはその目元に依るところでなかったとしても、恋に落ちれば、その全てが愛おしく感じるようになる。因果は容易に逆転する。彼らの目は記号としてあまりに魅力的な文脈を有している。近藤正己が後藤喜一ではない事、別個の人格である事はすぐに明らかとなるが、重要なのは第一印象である。肯定的な自覚、認識は美しい思い出の断片を基にして新しい出会いをデフラグする。

非業の死を遂げたチョウ・ユンファが続編でなんの前触れもなく双子の兄弟として登場し、床にこぼしたチャーハンを手づかみで食いながら、お米の大切さを懇々と諭す頃にはチョウ・ユンファの事がもっと好きになっているように、愛は豊かな土壌を生み、そこでは一回り大きく実る。ともすれば本作はある種の知的集積物を前提とした共犯関係を視聴者に強いるかといえばそうとも思えない。
今でも覚えているのは、公開初日のことですね。舞台挨拶に行った劇場の人間がね、切符売り場で女の子が泣いていますって言うんですよ。「何で泣いているの?」って聞いたら、感涙にむせんだわけでも、感動したわけでもないんですよ。裏切られたって。遊馬も野明も全然活躍してないって、そう言っていたそうです。最初と終わりにちょっと出るだけで、おじさんとおばさんの映画じゃない、これ、ってさ(笑)。
押井守監督が自身の作品について語る! 3週連続単独インタビュー 第一弾 ~パトレイバーシリーズ~ 

劇パト2を観た当時のあるファンガールについて押井守本人が上記のように振り返っている。彼女の激情は後藤隊長に一切の魅力を感じないがゆえにあり、それは我々の得られなかった貴重な固有の体験を生んでいる。その悔しさ、憤りは最早我々の手元には存在しないのだ。我々が彼女の気持ちに寄り添うためには類い稀な想像力か、対話のいずれかが必要となる。

これは全く同じことが「恋は雨上がりのように」にも当てはまる事を示唆している。橘あきらは、近藤正己というさえないオッサンの事が何故好きなのかという予定調和の謎解きも、その気だるげな三白眼の魅力を知らなければ純然たる不可思議として心を惹きつけるのだろう。彼女が恋慕に至るプロセスを必死に想像し、自身の心に他者の持つ愛を手繰り寄せた時、我々はほんの少しだけ寛容になる事ができる。ドラマ版の逃げ恥で星野源が新垣結衣の事を好きになったのは何故なのか延々と思索を続ける人達の集落があるとしたら、それは地球最後の秘境と考えて間違いないが、よりマイナーな鉱脈がキャラクターデザインという分野にいまだ存在する事は確かなのだ。




…以上は元々TAG Auti Groupという怪しいオタクの人達の袋とじ(コピー)本の為に書くつもりだった3本のアニメ記事の内の1つでした。異なる目の象徴性ってのがテーマで、Devilman Crybaby(不動明だけが永井豪の描くばっきばきに狂気がかった目をしていて対比的である)と刻刻(男連中のキャラデザインは原作準拠なのにメインの女性2人が梅津泰臣の描く女の目をしていて美しいというより不穏)まで書いたのですが、こいつが間に合わず、TAGには先の2本だけが載っています。もったいないのでこっちに上げました。途中で引用したインタビューは先月WOWOWが行った押井守特集にあわせて収録されたものなんですが、どれも本当に面白いです。

ugh