2015年6月19日金曜日

追憶の韓国産オンラインFPS…とValveのトラウマ編

自分の記憶とインターネットの集合知を頼りにゼロ年代の韓国産オンラインFPSについて振り返ります。僕が海を隔てた日本から一番熱心にタイトルを追っていたのは2003年からたぶん2009年くらいの時期になると思います。奇しくもそれはWarcraft 3をプレイしていた時期と重なっていて、思い返せばそれを遊ぶということはBattle.netでラダーを回して気疲れした時の息抜きだったような気もするし、WC3よりも熱心に遊んでいた時期もあった気がします。まぁそんなのはどうでもいいんですけど、多分にひどく懐古主義的で、個人の主観にとらわれた独善的な内容になっているだろう事を先にことわっておきます。

Oh! Jaemi! - 2002
Oh! Jaemi! - 2002

正確にはこれはオンラインゲームではないです。前回の記事で少しだけ触れましたが、韓国にはパッケージゲームという言葉が元々あって、それは箱に入ってお店で売っているゲームを指します。ゼロ年代以降の韓国で言われるオンラインゲームというのはその対義語として、オルタナティブな商形態(サブスクリプション制とか、部分有料とか言われるアイテム課金とか)をとるゲームの事を大抵は指します、これは日本ではネトゲっていう俗称がニュアンス的に近いです。なのでオンライン対戦ができる箱売りのゲームはあくまでオンライン機能をもったパッケージゲームなんです。このオージェミー(ジェミーは楽しいの意)というゲームは国産オンライン専用パッケージゲーム最後の一つです。

これはかなりユニークなゲームです。DOS時代からの名門PCゲーム開発会社だったSonnoriがパッケージゲームとして最後に出した作品で、内容はオンライン専用のユニークな対戦FPSでした。オージェミーは2001年リリースのホラーADVであるWhitedayの為に作製されたSonnoriの独自ゲームエンジン王REAL(ワンリアルと読む、もちろんUnreal Engineのもじり)を流用して2002年にリリースしたオマケのゲームで、Whitedayの後期出荷分に付属していました。SonnoriはこれをWhitedayのModだと当時は主張していました。

 

ゲームプレイについて書いておくと、銃器の代わりにスプラッシュダメージ付きのお手玉を投げ合います。マップ中には不細工なやっつけデザインのお手玉サプライヤーがあって、そこでお手玉を補充したら相手チームのくす玉に何発かぶつけて開いてやるか、直接敵にぶつけてプレイヤーを全滅させれば勝ち。ラウンド制リスポーンなしの純粋なアリーナ型チームゲームって感じですね。僕は相当後になってからLanで知り合いとセッションを数回試しただけなんで体験ベースで書ける事がそもそもないんですが、当時も殆ど人はいなかったらしいし、かなり早い段階でインターネット用のマスターサーバーは死にました。

女の子はなかなか可愛いです、肩のスケルタルアニメーションが怪しいですが…
オージェミーは商業的な成功をおさめたタイトルではありませんが、とても興味深い作品です。それはPre-Online Game(Pre-F2P Game)として次世代にバトンを渡した最後のランナーの一人であり、流麗な線の作画から、突如、南向春風みたいな3頭身で白目にくずしたEmote表現を割り込んでくる独特な韓国漫画調のリズムが反映されたユニークなアートワーク(日本漫画のお約束に慣れ親しんでいると相当オフビートなものに感じるだろう)と共に暴力を廃したキッズ向けシューターという今現在も未開の鉱脈に挑んだやや無謀な先駆者の姿なのでした。

Karma Online - 2003
Karma Online - 2003

一番最初に登場したオンラインFPSであり、それはFree2Play、あるいはPay2Winという物をそのまま体現したようなゲームでした。開発は老舗Dragonflyで、ここは元々KarmaっていうハイファンタジーRPGのIPというか看板を持っていて、当初は同じKarmaって名前で第二次世界大戦の時代と未来の世界を行き来する新作パッケージゲームを作ると言っていたのですが、結局2003年に出来上がったのはオンラインゲームでした、まったくワケが分かりません。

ソ連側の凶悪兵器爆弾クロスボウ

カルマオンラインはそれはそれはめちゃくちゃなゲームでした。ゼロ年代はじめにReturn to Castle Wolfenstein、Medal Of Honor Allied Assaultと続けて業界のトレンドになっていたWWII時代をテーマにCounter StrikeのDEミッションを簡易化したようなルールとデスマッチが遊べるのですが、重量制ロードアウトで事前に持ち込める武器がどれもオーバーパワー気味で、基本的なライフルとかサブマシンガンと一緒に爆弾クロスボウやマズル装着式グレネードランチャー、ついでに手榴弾と回復アイテムの同時持ちとか、スコープつきライフルや突撃銃と併せてパンツァーファウストを携行…なんて具合に爆発物過多なゲームバランスで、そして当然そういった勝ちに行く姿勢の前提にプレミアムサービス…つまりはお金の投入が必要なのでした。


僕はこのゲーム、正式サービス中期にちょっとだけ触れて一旦は離れました。今のフリーミアムゲームのように、フリーライダーを長く飼って、いつかお金を落としてくれたらいいな~っていう長い目で見る展望が当時は一切なく、無課金プレイヤーは3マッチくらいで強制的にサーバーからキックされるし、プレミアムユーザーの使えるキャラクターや武器は単純に強いし、ロビーシステムがチームシャッフルだとか気の利いた事を一切してくれないので、片側チームにPremadeグループが居座って、のこのこ入ってきた野良プレイヤーを圧倒的な火力で狩るみたいな場面にもしょっちゅう当たるし、そんな事だからユーザー側で設定したローカルルール(ランク~以上とか書いて部屋を立てる)も煩雑だしとモチベーションが続きませんでした。

まぁプレイ制限についてはアカウントを作りまくって回せばまぁなんとかなる(韓国のオンラインゲームは住民登録番号を使ってアカウントを作るんですけど、当時はまともにそれを照合してなくて、でたらめな数字でも特定桁のチェックディジットさえ合ってれば作り放題でした)ので百人町の韓国人日本語学校生とか、当時はまだ同じ職安通り沿いのPC-Bang店舗に通ってた華僑系コミュニティの一部はそうやって遊んでたのですが、そこまでのハングリーさは僕にはありませんでした。

一応次世代の競合タイトルが出揃いはじめたサービス末期に調査を兼ねて再度覗いたのですが、直進より斜め移動の方が速いとか、ジャンプ時の射撃性能が地上にいる時と一切変わらないとかの初期Dragonfly FPS仕様への順応が格段に進み、みんなクネクネ移動して、バッタのように飛び跳ねて爆発物とスナイパーライフルで確殺するという異形のゲームプレイが繰り広げられていました。元々の同時対戦人数が後発のタイトルより少ない(4v4)のもあってかなりシビアな世界に感じた記憶があります。

TFCのHWGをモロに意識した未来戦士

当初の予定通り、未来戦要素は実装されていたんですが、これはQuakeのFuture VS Fantasyみたいに一緒にWWII軍人と未来の軍人が戦うとかじゃなくて、未来戦は未来戦のみというか、それぞれ別個の専用モードに分けてありました。このミニガンとかで戦う未来戦は不人気の為、誰もやってないし、アップデートも殆どされませんでした。Karma Onlineの続編Karma(これまた超紛らわしいタイトルですが、こっちは日本でも戦場のカルマって名前でサービスイン)では未来戦は完全にリジェクトされ、WWIIに絞ったリメイク的な展開がされました、未来のFPSが流行らないってのは実は初めから分かっていたのです。

今日では逆に見なくなってしまった露骨な現金の重石で根底が揺らぐエゲつないバランス調整ながら、この最初のオンラインFPSは、最初にささやかな成功をおさめました、全盛期の同時接続者は8万人を記録しています。こうして歴史を振り返ってみればパッケージゲームに素早く見切りをつけたDragonflyの決断は正しかったのでしょう。

Universal Commando - 2003
Universal Commando - 2003

韓国オンラインゲームシーンを追っている酔狂な外国人は当時僕以外にも少なからずいましたが、どちらかというとその主流は先行して伝わってきていた韓国産MMORPGに関する情報が殆どで、コミュニティはMMO寄りの識者が多かった気がします。で、そういう人達は2003年の黎明期韓国オンラインFPSはあくまでサブストリームと見ていた節があります。ともすればユニバーサルコマンドは注目されていたのでしょうか?いえ殆どされていませんでした。

Universal Commandoは3Dcomnetが2003年の暮れにリリースした異色のMMORPG+FPSです。そもそもMMOFPSってのは世界的に鬼っ子なジャンルでして、西側のタイトルですと2001年のWorld War II Onlineとか、2003年のPlanet Sideとか先駆者がいて、これらはコンセプトこそすごいんですが、それでマッシヴな人気になりましたか?っていうと、どのタイトルも相当な長寿作品になりましたから決して失敗というわけではないんですが、なれませんでした。ある程度の人口密度が前提になっているゲームは足りなければスカスカのだだっ広い過疎地になりますし、多いとそれはそれで大味になってしまいます。この制御しきれないゲームプレイのブレが主流派になりきれない理由なのでしょう。大人らしく言葉を慎重に選んで言えば常にexperimental(実験的)な趣向がこのジャンルにはあります、俗っぽく簡単に言えばmassというよりmess(めちゃくちゃ)なんです。

ユニークすぎるMOBゴリラ狩りFPSRPG
本作はMOB狩りレベル上げという罪深き韓国MMORPGのお約束を踏襲していて、ミュータントゴリラとかミュータントイノシシがポップする狩場の平原に迷彩服を着た連中がズラーっと集まってひたすら殺し続けるPvE風景が見られます。僕はこれがアホらしくてかなり早い段階でこのゲームはやめました、なのでコンセプトというか、当時の売り文句にあったオープンフィールドの3陣営によるPVP、爆撃スキルが飛び交う大戦場には殆ど触れていません。ですが異様に豊富な韓国式軍隊飯(袋麺を袋のままお湯を入れて食べるとかの独自文化)をインベントリからちびちび消費しつつ、だだっ広いフィールドをふらふら人殺しに歩いた、あのわずかな時間を僕はいまでも忘れられないのです。

本作はあくまでMMORPGが骨子であり、純粋な対戦FPSであったKarma Onlineとかその後の主流となるオンラインFPS(大抵はCSクローンを指す)とは一線を画します。マネタイジングモデルも韓国MMOシーンではまだ主流派だった月額制サブスクリプションを当初は採用していました。そう考えると陣営間による敵対で定義されたPVP、ノンターゲット式戦闘などゼロ年代後半以降の(ポストWOW時代のアクション寄りな)MMORPGトレンドを的確に捉えた先進的なゲームにも思えます。

Precursorsみたいな異郷のゲームだ

実際に先進的だった点としては、日本へ最初に輸出された韓国産オンラインFPSという事実です。オンラインFPSの本国でのブレイクから外国への輸出まで実は結構な時間差があります。日本の場合は2006年になってやっと本格的に日本語版が上陸しはじめますが、エキサイトを通じて本作が日本にやってきたのはなんと2004年の春です。本国のサービス開始から半年以内ですから野心的なビジョンが予め彼らにはあったのでしょう。

ですが今日では殆どの日本人がこのゲームの存在を記憶していません。エキサイトがオンラインゲームパブリッシャとしては超マイナーだったのと、クローズドベータが終わった後、特に告知もなくそのままフェードアウトしてしまった為です。本国ではその後、しばらくして部分有料化(F2Pの韓国での呼び方)したので、ユニークなコンセプトに共鳴した極一部の日本人コア層はフロンティアを求めて移住していきました。ですがオリジナルもオリジナルで、その後はころころ運営元を変えて、最終的にはDefcon Onlineという名前に改名してから10年代に大往生、なんだかんだでKarma Onlineよりも実は長生きしていました。


Special Force - 2004
Special Force - 2004

DragonflyがKarma Onlineのエンジンを流用して本格的なCounter Strikeクローンを目指して作ったのがこのスペシャルフォースで、色々な面でエポックメイキング的な作品です。Dragonflyが韓国オンラインFPSどころか、一時は韓国のビデオゲームシーンで頂点を取ったのがこの2004年リリースのタイトル。今日現在、マスで成功しているオンラインFPSというのはCSのクローンか、CSそれそのものを指しますが、スペシャルフォースはその雛形を完成させ、後年には先駆者であるCSにも(特にビジネスモデル面で)多大な影響を与えています。

Free2Playというカテゴリの新しいデザインとは、何をユーザーに売るかを再定義…というか発明する事でした。カルマオンラインは真っ先にプレイ可能時間を売ってみましたが、それは端的に言って失敗でした。素寒貧の無課金ユーザーに対して、「あなたはこれ以上遊べません!」と締め出してみたところで、締め出された方は「じゃあお金を払うか」と考えるよりも、「あぁそうですか」とその瞬間に他所のゲームに行ってしまうのです、これはよくない!そんな直前の失敗を踏まえて完成したのが、

プレイ時間制限なし、有料アイテム個々販売+ゲーム内マネー

という通称Neowiz方式でした。

Neowiz方式は以降も老舗飲食店の秘伝のタレのごとく、継ぎ足して改良されていきますが、大体はここで完成しました。ポイントをひとつずつ解説すると、前述の通りゲームから締め出すのは最大の悪手なので無料ユーザーもずっと遊べるようにしました。そして次が最大の改良点で、現在のオンラインFPSと違い、元々カルマオンラインは武器をひとつひとつアンロックするという方式ではなく、アイテムプールは最初から全て開放されていて、その中から好きに武器を組み合わせて選ぶ事ができるという仕様でした、プレミアムユーザーはこのプールの幅が広がるのです。SFではこれをAK-47だとかM4だとかPSG-1だとか自分が使いたい物は都度、個々に購入する仕組みに変えました。こうすると仮に新しいアイテムをアップデートで追加すれば、その度に囲い込んだ何万、何十万人というアクティブプレイヤーをターゲットにしたビジネスチャンスがやってきます。

最後のゲーム内マネーは無料ユーザーの定着を狙っています。本作はアイテムを全て現金で売るのではなく、最初の一定期間(プレイ時間換算で10時間くらい)はゲームを遊ぶだけで段階的にゲーム内マネーをもらう事ができ、それでアイテムを購入できるようにしました。すると無料ユーザーはしばらくの間アイテムほしさに無為にダラダラとゲームをしつづけてくれるのです。ダラダラ延々と遊んでくれるという事は人が長時間定着すると言うことで、そこから人が人を呼び、新しい有料アイテム購買層が出てくればめっけもんというビジネスモデル的には正の連鎖を、人間的には極めて堕落的なスパイラルを生み出しました。

Neowiz方式とは輪廻であり、常に時間とお金を秤にかけます。
しかしNeowiz方式がいかに優れた青春バキューム装置だったとしても、結局はゲームそのものが面白くなくては人を呼び込む事はできないはずでした。Special Forceは後発でありながら、どんなに贔屓目に見てやっても、Counter Strikeの劣化コピーゲームに過ぎませんでした。つまるところ直接的な競合相手は既に韓国を席巻していたCounter Strikeという西からのモンスターである以上、一プレイヤー目線で言えば勝てるはずがない勝負にそれは見えました。

バージョンアップが進んで表現がリッチになった後年の北米版ゲームプレイ

しかし、この結果を先に言ってしまえば、Counter Strikeといいますか、Valveという会社は勝手に自滅してマスなレベルでの韓国FPSシーンからは一度消え失せました。韓国ではRainbow Six Rogue SpearがPC Bangで予想外のスマッシュヒットをした後に、そのプレイヤーベースを丸々踏み台にしてCounter Strikeが台頭しました。しかしwonnet時代まで良好だったその関係は突如崩壊します、Valveは自社によるオンラインパブリッシング(もちろん西側的なオンラインの定義ですね)、Steamを2003年より展開しはじめました。
Valve Cyber Cafe Program
当時の日本ではNeccaとかNewNewといった、
ゲーム推しを標榜する極一部のネカフェチェーンが加盟していました。
アジア地域の特異なネットカフェ事情をValveなりに考慮して制定したのがValve Cybercafe Programです。当初のこれは特殊な店舗用Steamがリアルタイムに利用客のゲーム時間を計測し、その集計時間を元にした従量制と、座席数に応じた一括サブスクリプションで店舗に料金を請求する仕組みでした。Valveは各地域で代理店会社を通じて自信満々でこれの展開をかけたのですが、当時のPC Bang店舗はその西側価格な料金表にぶっ飛びました、これは韓国だけに限った話ではなく、SEA地域の連中も同様にぶっ飛びました。「俺たちが時間あたりいくらで客にPCを使わせてるのか分かってんのか?」というのが、彼らの率直な意見でした。

そこに颯爽と現れたのが件のSpecial Forceでした。すでに時代遅れだったはずのCounter Strikeを更に下回るルックスで、しかもカックカク(このエンジンは常時最大32FPSで描画されていました)というギリギリの所でかろうじてCSクローンとしての体裁を保っている無惨な出来損ないのゲームでしたが、グッドルッキンで世界中に人気者だが、裏の顔は守銭奴の高慢チキ子ちゃんであるCounter Strikeと違って、彼はPC Bang店舗にとってはブサイクだけど思いやりがあって、心の優しいナイスガイなのでした。
これは後年になってフィリピンに上陸した際の現地広告
Free To Playの文字とCounter Strikes Backという神をも恐れぬコピーが踊ります。
Valveの失敗はCounter StrikeをPC BANG店舗に売りつけようとした事にありました。2003年の韓国PCゲームシーンは西側より10年以上はやく変革の時代を迎えていました。旧態的なゲームそのものを売るゲーム屋があっという間に淘汰され、驚くことにゲーム屋は自分たちの作ったゲームの中で商売をする事を始めました。Dragonflyというゲーム屋はゲーム自体の値段をタダにして、そのゲームの中で、プレイ時間とか武器やキャラクターの使用権を試しに売ってみたりしましたが、翌年になるとゲームはもう無制限に遊べるようにしてアイテムを一つ一つ直接売ってみたのです。

商売とはもっとも巨大な市場で行うのが鉄則です。Dragonflyは自分たちのゲーム、その中に市場を作ろうとしているのですから、まずはなにより無料のSpecial Forceという、Counter Strikeには逆立ちしたって敵いっこないはずの後発劣化コピーゲームを一人でも多くの人にタダで遊んでもらう必要がありました。対してまだ旧世代のゲーム屋だったValveはひたすらCounter Strikeそのものを売ろうと必死になっていました。

いずれは誰しも敗北の日が訪れるのです。
余談ですけど、当時(wonnet時代)のDay of Defeat単体版は
Half-Lifeのフル版やCounter Strike単体版よりも市場では安かったんですが、
小細工をすればCSのコンテンツにもフルアクセスすることが可能でした。

韓国では個人でゲームを買うよりPC Bangにインストールされてるゲームをみんな遊んでいました。ならPC Bangに個人が買わない分のゲーム代金をガッツリ払わせてやろうと短絡的に西側のゲーム屋は考えていました。対してDragonfly…というかパブリッシャーのNeowiz、まぁ彼らをひっくるめて、韓国の大抵のオンラインゲーム屋達にとってPC Bangとは実際にゲームの中でアイテムを買ってくれるだろうプレイヤー(本当のエンドユーザー)と自分達を引き合わせてくれる大事な仲介者だったのです。だから韓国のゲーム屋はPC Bangに自分達のゲームを売りつけるような真似をしません、まぁそもそもがタダなのですから当然なんですが、むしろ彼らはPC Bangでゲームが大量に遊ばれる事によって、はじめて商機がやってくるので、積極的に販促品を送ったりとか、ゲーム内特典をつけたりとかの取り扱い店舗向けサービスサポートを手厚く行い、丁重にもてなしていきました。

そんな各々の関係の変容もあり、鳴り物入りで登場したCounter Strike 1.6はプレイヤーの人気はどうあれ、韓国のPCゲームシーンを繋ぐハブたるPC Bangからの支持を失い、どこの店舗にも一切導入されず終わりました。これによりCounter Strike 1.5時代までの巨大なプレイヤーベースは半ば仕方なく、そっくりそのままSpecial Forceへ流れました。暗黒メガコーポValveはエンドユーザーを見間違えて勝手に自滅したのです。CSが不動の王者のままSFも細々と続く未来だって、あるいはSFとCSが互いに競い合う未来だってあの時点ではありえましたが、CSはメインストリームから一旦消滅し、その後釜にSFが座ったというありえない現実がこの世界線で起こった歴史なのです。

たのしいデスマッチゲームプレイ

このゲームはびっくりするほど流行りました。ゼロ年代PC Bang不動の大聖域であったStarcraftの地位も脅かし、韓国ではFPSは流行らないという、当時はまだ漠然として信じられていた説をその存在だけで完全否定しました。一方でバッタのように飛びまくって撃つゲーム性は544ユニット秒のエンジン制限が科されるなど、静的な移動体系へと移りつつあった当時のCounter Strikeプレイフィールとは大きく異なっていた為、コア層では好き嫌いが割れていたのは事実です。まぁそれでも好みの問題ならば仕方ないで済ます所なんですが、Karma Onlineから引き継がれるtickrateに同期した描画上限32FPSの仕様とか単純に他所のゲームに劣る看過できない欠点も少なくありませんでした。

完全にプレイヤー側の良識に委ねられた有利側やPremadeに偏るロビーシステムもそのままでしたし(当初のクラン戦用サーバはしょっちゅう切断されるくせにリコネクトが出来ない大変不便な仕様でした)、それこそ粗を探せば出てくるばかりで、他と比べれば悪いところばかりが目に付くゲームでした。しかし、それらを大きく補ったのが無料と母国語という強力なフック、だらだらと長時間プレイさせ、人が人を呼ぶNeowiz方式という絶妙なからめ手でした。どれかが欠けていれば、また結果は違ったかもしれませんが、この圧倒的なシナジーが当時の韓国全土を飲み込んだのです。

ETの無料アンブッシュは覇権を握れなかった

たとえば、2003年にはWolfenstein Enemy Territoryがフリーウェアのスタンドアローンゲームとして世界に公開されていました。限定的ながらSpecial Forceの時代には既に西側のリッチなMultiplayer FPSが無料で遊べました。しかし無料のフックだけでは覇権を握ることはできなかったのです。現在も続くこのフリーミアム時代について考えた時、最も重要な事柄がこれです、無料は前提としてのフックの一つに過ぎません。

これからしばらく韓国ではスペシャルフォース一強の時代が訪れますが、それを追う者もまた無数に現れ、時は韓国FPS戦争の時代でした、国外にタイトルを輸出しまくる大航海時代とも言えましたが…長くなってきたんで、一旦ここで切りましょう、次回に続きます…たぶん。

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