2018年6月16日土曜日

僕をちんしゃぶホモ野郎と呼んでよ Call Me by Your Names

Milo Goes to College 1982
カリフォルニアのパンクバンドDescendentsが当時、先進的であったのは、コーヒーや女の子など身近で普遍的な物をテーマにした詩を叙情的に歌い上げた点にある。あるいはvoxのMiloが分厚いレンズを黒縁のがっちりとしたフレームが支える野暮たいガリ勉メガネをかけた、いかにもイケてない奴だった事かもしれない。ある種のパンクロックワンダーとは親近感を媒体とした化学反応によって引き起こされる事を示唆している。

I'm Not a Loserという曲は、40年以上続くこのバンドの歴史の中で比較的初期に作られた定番ナンバーの一つ。端的に言えばワーキングクラスの負け犬が同世代か、あるいは若い俗物のボンボンを妬み嫉みながらも気丈に振る舞うファックユーアティチュードに溢れた詞である。




Think that I'm a loser
Cause now my pants are too low
Think that I'm a slob
'Cause I got holes in my shoes
Think my cock is like
Just like my dirty shirt
Well you can fuck off
Cause I'm working sixty a week
You think that life is really tough
When your daddy won't buy you a brand new car
Take a girl out, she won't fuck you
You just bought her a gram of coke
Spent all your money on shitty coke
I'm not a loser
That's right, I'm not a loser
I'm not a loser
ぶかぶかのズボンを履いてるから負け犬だと思ってんだろ
穴の開いた靴を履いてるからろくでなしだと思ってんだろ
よごれたシャツと同じで中身も汚いくそちんぽだと思ってんだろ
失せろよ僕は週に60時間働いてる
パパが新車を買ってくれないから人生ハードだなんて思ってんだろ
お前が掴まえた女はやれないぞ、ただコカインたかられるだけ
だから僕は負け犬じゃない、そういう事だろ

つまるところ僕は負け犬ではないというタイトルは反語表現であり、僕の事をみすぼらしい負け組だと思っている、いけ好かない、人生舐めた金持ちのせがれこそ薄っぺらで空虚な人間であると歌っている。この後"僕"の怒りは頂点となって最終節の彼に対する罵倒が以下のように続く。

Your pants are too tight, you fucking homos
You suck, Mr. Buttfuck, you don't belong here
Go away, you fucking gay
I'm not a loser
ぴっちりしたパンツ履きやがって腐れホモ
しゃぶれよケツ掘りあんさん、およびじゃねぇ
くそったれのゲイは去ね
僕は負け犬じゃねぇんだ


身を粉にして必死に働いて生きている貧乏人が、怠惰な小金持ちに見下されるという理不尽に焚き付けられて、激情的に汚言を吐き出すという、実に身につまされる描写である。そこには僕たちのような負け犬への、負け犬による切実な共感があり、ゆえにそれは長くアンセムとして、怒りの解放手段として何十年にもわたって歌われてきたのだ。

しかし2010年代に入って、I'm Not a Loserの最終節がホモフォビア(同性愛嫌悪)ではないか、ポリティカリインコレクト(政治的な間違い)であり、怒りの行き場をなくして燻ぶったワーキングクラスの学のない負け犬といえども、それがパンクという原始的な表現だとしても、公共の場で歌うべきではないのではないかと議論になった。

僕の知る限りでは遅くとも2012年頃からDescendentsはポリティカルコレクトネスに配慮してI'm Not a Loserの最終節でクソホモ、クソゲイの部分を全く歌わないか、語を置き換えるようになった。あるシカゴのギグではファッキンディスコとかファッキンハウス(クラブカルチャーはゲイとの親和性が高い)と歌っていて、むしろ暗喩的で、より差別的なように個人的には感じたのだが、その方がPC的であるという一定の理解があるようだ。

I'm Not a Loserは42:58~

しかしI'm Not a Loserの最終節が汚言である事なんて昔から分かりきっていた事だ。10年ほど前になって我々はそれをやっと理解したわけではない。例えばKDVSというカリフォルニアのカレッジラジオにALL(Descendentsの変名バンド、voxが違う)が89年に出演しスタジオセッションを行った事がある。この40分近いプレイのラストがI'm Not a Loserだったのだが、件の最終節に入る前にブロードキャストはぶつ切れのように終わった。公共の電波に乗せることが憚れたのだ。このラジオセッションはLive in Studio A 89という名で録音起こしのブートレグが長らくアンダーグラウンドで共有され、今日ではインターネットでも容易にそれを見つける事が出来る。

人に向かって中指を立ててはいけません、姿形や生まれ、信仰や性癖を揶揄するような汚言をそこらじゅうにまき散らし、不貞腐れ、怒り狂って、当たり散らしてはなりません。そんなことは百も承知だし、頭じゃわかっている。でもどうにもならなくて真っ当に人並みの人生を送れない社会不適合者、めったに風呂に入らないとか、酒乱だとか、部屋中の壁を殴って穴だらけにしてるとか、インターネットで見当違いのシンパシーと歪な性欲を原動力に未熟でグロテスクな恋慕をコンクリ片のように放り、壁に当たって砕けた破片で勝手に傷ついて苦しむセルフフェラチオしか特技がない穀潰しの痛々しく無惨で無為な人生とそれに類するありふれた生活のフラストレーションこそがその憚られる行為の真の原動力である。

ホモは失せろという言葉を額面通りに捉える事は容易であるが、その詞で描かれる対象者はヘテロセクシュアルの堕落的な俗物であり、発言者の怒りの本質は同性愛嫌悪ではない。またその迂闊な物言いこそが学のない負け犬の悲痛な生々しい叫びになっている。死ね死ね団のうたを聴いて故・川内康範が日本を破壊しようと考えていた反日カルトだと思ったり、自衛隊に入ろうを聴いて故・高田渡は日本をコミュニスト勢力から守る為に男の中の男は自衛隊に入るべきだと考えていた国家主義者だったと思う事に似た構造がそこにはある。

またI'm Not a Loserがポリティカリインコレクトであるか否かという近年の議論の中で、しばしば引き合いに出されたのが同じカリフォルニアで80年代に活躍したRaw Punk/Proto Hardcoreの雄Angry Samoansの政治的な間違いっぷりである。オブスキュアパンクロック界永遠のカリスマであるMetal MikeことMike Saunders率いるサモアンズの悪童じみた挑発的扇動はDescendentsの比ではなかったと相対的にそれが引用されている。

彼らにはそのものずばりHomosexualというタイトルの曲がある。

  
Screw your wife in the behind
Tell your kids you're doing fine
God you know you stupid liar
Sucking dick your pants on fire
手前のかぁちゃんの後ろからねじ込んで
子供達には上手くいってるとか言っとけよ
お天道様にはアホの嘘吐きだってお見通し
ドッキドキでちんしゃぶだ
Homosexual! Up the ass
Homosexual! Make it last
Homosexual! Jerk me off
Homosexual! Don't get lost
ホモセクシャル
けつめどだ、やり遂げろ
シコれ、迷うな
2.
Found out that your dad was gay
Living life a brand new way 
3.
Don't like boys, you like girls
Living in your faggot world


これは結婚して子供もいるゲイが、自身のセクシャリティを隠しながら同性間のソドミーに耽る様、それが露わになる事をわずか1分で露悪的に歌っている。初めの節は隠れゲイの父親視点、2番節は親父がゲイだとわかったらどうする?という息子視点を、3番節ではその息子に対して、お前はヘテロかもしれないけど、現にオカマの世界(Faggot World)でお前は生きてんだよと言い放つ。

サモアンズの言葉はいちいち汚い。政治的に正しくない。多様性のある寛容な社会にしましょうというPCに配慮した綺麗な言葉を使わず、おめーは女好きかもしれねーけどこの世はお下劣オカマワールドなんだよダボみたいな言葉遣いをわざとする。それは身も蓋もない言葉だが逆説的に本質をとらえており、そこには突き抜けた解放感がある。

実に奇妙な事だがゲイなどマイノリティの方々に対する配慮を…といった丁寧に言い繕いながら上から目線の物言いをしてくる、自分が優越的地位である事を当然と思ってるか、あるいはそこにいる事を疑わない奴らよりオカマワールドでマッチョぶってんじゃねーよバーカしゃぶれよと挑発する輩の方に僕は共感する。

実際にサモアンズが80年代後半~90年代のゲイパンク/ホモコア(今日で言うクイアパンク/クイアコア)シーンに与えた影響は計り知れない。当時のゲイパンクはセクシャリティとしてのゲイでなくとも、ずっとぬいぐるみを抱っこして寝ているとか、紫色の色のズボンとかフェミニンとされる服飾を好んで着るなど、世間一般に女々しいとか、なよなよしている、男らしくない、ゲイっぽいと言われるような人達を含んでいた。まだはっきりと細分化されておらず境界があいまいだった事がこの時代のゲイパンク/ホモコアの魅力、面白さだと僕は思う。

30年近く前にTeen Punks In HeatというセックスとパンクをテーマにしたZineがあった。発行はシカゴオリジナルラモーンパンクの大先生ことBen Weaselで、このZineの最終号は彼のバンドScreeching Weaselの7インチがおまけでついた豪華な物だった。そのトップを飾るのがI Wanna be a Homosexual、あるいは単にHomosexualと呼ばれる曲だ。



この曲のオリジナルバージョンは1分の長い単音ギターソロに合わせて天井桟敷の薔薇門を彷彿とさせるBruce LaBruce(New Queer Cinemaと呼ばれる新ゲイ映画運動はあまっちょろすぎると中指おったてて過激な作品を撮り続けるエクストリームゲイポルノ映画監督)の独白からはじまる。ホモセクシャルになりたいよというリフレインが一発で頭から離れなくなるサビはいわずもがなだが、僕の大好きな一節を以下に引用する

Call me a faggot call me a butt loving fudge packing queer
I don't care cause it's the straight in straight edge
That makes me wanna drink a beer And be a pansy a homo
僕をオカマって呼んでよ
僕をけつめど大好きの、ガン掘り愛好カマ野郎って呼んでよ
ぼかぁ気にしないよだってSxE的にそれって至極真っ当じゃん
がぶがぶビールを飲んで薔薇族なホモになるってんだから

Straight Edge(SxE)というのはカジュアルセックス(ソドミー)や飲酒、ドラッグ、場合によっては肉食を断って生きるというパンク/ハードコアから派生したライフスタイルの一つで、その禁欲的で先鋭的な姿勢からしばしば他者にもそれを求めたり、反ゲイなどマッチョイズムとしばしば結びついていった罪作りなシーンである。つまりストレートエッジというライフスタイルと真逆の生き方の一つが奔放なゲイなのである。彼らはラジカルSxEの不寛容さをおちょくっているのだ。

Screeching WeaselのHomosexualはSloppy Seconds(中出しマンコの意)というバンドのI Don't Wanna Be a Homosexualに対するゲイパンクサイドのアンサーであり、そしてその源流にはAngry Samoansの存在が間違いなくある。そもそもウィーゼルというバンドはサモアンズとラモーンズを混ぜたファストな金太郎飴ポップパンクがやりたくて結成されたバンドなので当然なのだが、つまるところ彼らもまたポリティカリインコレクトで挑発的な態度、過激な言葉遣いをしてきた。

ここで問題となるのがウィーゼルのようなゲイでない人間が、僕の事をガン掘り愛好けつめどホモおじさんと呼んでくれ、肛門性交はいいぞ!と高らかに歌う事がフェアなのかという事だ。それは裏を返せばMartin Sorrondeguyはオープンゲイだから許されるけど、Bob Mouldはゼロ年代あんだけゲイ色の強いイベントやエレクトロに傾倒していたがまだオープンでなかったから歌う資格はなかったというような歪んだ構造を生む可能性がある。究極的にクイアすらクイアである事を歌う事が許されないという不均衡を生み出しかねない。政治的正しさの為に僕はヘテロな正常位野郎です…と歌う事をゲイに強制する横暴を止めなきゃならないなんて想像もしたくない話だ。

だから僕はI Wanna be a Homosexualが大好きだ。サモアンズと同様にそこには底抜けな解放感がある。この世が際限なくオカマワールドである事を折に触れて認識する時、僕を男根おしゃぶり野郎と呼んでほしいとふと大きな声で歌いたくなる。汚言をまき散らせばきっと少しだけ晴れやかになるだろう。

そしてBen Weaselといえば忘れてはならないのが、ウィーゼルと人気を二分するニューハンプシャーオリジナルラモーンパンクの大先生Joe Queer(Joe King)率いるQueersだろう。ラモーンズとサモアンズを合体させたような音楽スタイルというバックグラウンドの類似もさることながら、そのものずばり自分達をノンポリのクイア(オカマ、奇人みたいなニュアンス)と名乗り、お皿洗いの仕事をするために僕は生まれました…など、どん底の生き様を極めてキャッチーなメロディにのせて歌い続ける負け犬パンクの大家だ。

Queersが2002年に発表したPleasant ScreamsというアルバムはJoey Ramone、Mike Saunders、Ben Weasel、Joe Kingというオブスキュアパンク界の錚々たる顔ぶれが参加したまるごと奇跡のような作品なのだが、その中にQueers単独クレジットのHomoという楽曲がある。


The girl's always giving him shit
'Cause he like the banana split
She's always calling him names,
and He'd like to be doing the same
女の子たちはいつだって彼を馬鹿にしてんだ
ホイップクリームかけてチェリーがのったアイスなんかが好きだからって
あの子たちはずっと彼の悪口を言ってる
彼も同じように言いかえしてやりたいだろうにね
Life's not fair,are you aware?
Be proud of who you are and don't be scared
You are homo,you are homo,everybody knows
人生は不公平、それって気付いてる?
恐れないで、自分自身に誇りを持つんだ
君はホモ、君はホモ、みんな知ってる。

この曲には80年代後半から90年代に続いたゲイパンクシーンの本質が詰まっている。第一に親父だってゲイかもしれないし、ホモがどっかにいるのは分かりきってるのだから、混ざった状態である以上はこの世は際限なくオカマワールドなのだというサモアンズの露悪趣味的視点。第二にゲイじゃなくても僕の事をガン掘り愛好けつめどあへあへおじさんと呼んでくれと表明するウィーゼルのスタンス、これはセクシャリティはともかく、しぐさや趣味がカマっぽいとか女々しいと他者に言われた時に否定して優越的地位側に立とうとするでなく、積極的に弱者側とされる方に立脚して団結しようという姿勢だ。

Homoの詞の中に出てくる男の子はバナナスプリット(アメリカのごっついパフェみたいなアイス)が好きだったり、女の子っぽいと一般に思われる趣味がある事は明示されているものの、別に男が好きだとかは書かれていない。なのにサビで君はホモだってみんな知ってるよと語りかけるのは、一見論理の飛躍のように思える。しかしゲイパンクの連帯とはそういったセクシャリティの境界すらを越えて、はみだし者たちがそうだよ、僕たちはゲイの側にいるんだと表明するアクトなのだ。そこには同性を好きになった過去や、肛門性交やオーラルセックスの経験有無などはまったく意味をなさない。童貞のヘテロセクシュアルなど腐る程現実にいて、ほとんど世界中の誰もが過去に漠然としたセックスへの憧憬を抱えていたのだから、なんとなくホモセクシュアルになりたいと思う事もさして不自然な事だと僕は思わない。

しかしそれにしても、恐れないで自分自身に誇りを持ってという人類愛的メッセージと、Joeのようなストレートの人間がホモという歴史的に極めてセンシティヴな文脈にある語を用いる事の両義的葛藤はポリティカルコレクトネスという価値観の中では問いただされるだろう。なぜなら誰もその表層以上の事を読み解こうとはしないからだ。現にI'm Not a Loserはホモフォビアだと断罪され、サモアンズのHomosexualはもっと酷いものだと引き合いに出されている。サモアンズの先には確かにゲイパンクというシーンがあり、そこではSxEより寛容だからホモになりたいという皮肉が歌われ、大丈夫みんな俺達ホモじゃんかという普遍的な人間への肯定がなされたとしても、そして、その過程で僕たちがいかに救われてきたとしても、そんな背景にある文脈だのウジウジしてゲイっぽい事はあいつらお構いなしって感じなんだ。

でもだからこそうじうじと思案したり、対話をすべきなんだ。気持ちの良い男同士のセックスの事を日がな一日考えて、Googleで検索しまくり、アドネットワークからファゴットだってマークされて、その情報がロシアに流れて政治的に活用されて、晴れて立派なインターナショナルクイアになるんだ。恥ずかしがるなよ、それにそもそもね、誰も君の事を男の中の男だなんて思ってないんだ。もしダニー・トレホがこれを読んでいたらそれを即座に訂正しなきゃならないかもしれないけど、客観的に言って長々とこんなものを読んでた君はとんだ玉無しのカマ野郎だと思わないかな?そんなだからけつめど野郎だとか、ちんしゃぶマニアとか言われるんだ。でもだからって恐れないで、僕たちはなんかこう、あれが一緒だと思うんだ、そう、それね、根拠はないけど、大体そう、多分きっと大丈夫。

鳴村グレース/翌週

ugh