フェイシャルモーションについて
確かにポリゴン人形どもの表情筋は凄い。だが正直言って期待外れな要素であった。本作においてこの圧倒的なフェイシャルモーションが最大限に生かされるのはカットシーンとインタラクティブ尋問モードのクローズアップ映像になるのだが、どちらもプレイヤーの干渉できるアクションが少なすぎる。カットシーンは言わずもがなだが、とにかく尋問モードのインタラクティブ性が低すぎる。アクターの演技をスキャンして落とし込んだポリゴン人形の細かな表情の動き、瞬きの回数や一瞬目を逸らす動作から嘘を吐いているか否かを読み取るというシステムは良いが、その実体は完全リニアな質問内容を元に、質問に対する受け答えをカットシーンで流した後に、質問後の表情(間)が映されるのみである。
以上の情報からプレイヤーが出来ることは単純な3択(話した事を信じる/疑う/反証する)のみ。こんなものわざわざリアルタイムレンダする必要すら感じない、90年代の実写系インタラクティブADVとなんら変わらない手法なのだから、わざわざ3Dモデルに落とし込むなんて本末転倒もいい所だ。これが例えば、プレイヤーが相手の目を覗き込むアクションや、「それを俺の目を見ていえるか?」と拳銃を突きつけながら恫喝するといった、表情の変化を引き起こすアクション(プレイヤー介入)がリアルタイムに行えて、かつそれに伴って表情が細かく変化するといったインタラクティブ性があれば全く話は違った。
こんな事わざわざ言うのも野暮なのかも知れないが、実在のアクターを使って演技を撮影し、それを寸分違わぬ精巧な3Dモデルに落とし込むという事自体が果てしない回り道だ。しかしそれがゲームとして成立するのは仮想空間に落とし込んだ"それ"が、自由なカメラ移動といった此方からのアクションを受け入れているからに他ならない、プレイヤーが干渉できる(インタラクティブ性)からこそのビデオゲームである。全般的にLA Noireのカットシーンはカメラ移動の自由度すら許さないガッチガチの仕様になっている、これらは悪い意味での"映画的"演出といえよう。
「この画像を見て彼が嘘をついてるか、ついてないか2択で述べよ」
極端な話、フィーリングクイズに過ぎない尋問パート。
会話の駆け引きを表情の変化と合わせて楽しむというのが理想なのだ。
アニメーション/プロップなどの出来は抜群
表情の凄さはゲームのメカニクス的部分に全く組み込まれないものだったが、キャラクターの所作は素晴らしい。こんなに自然に階段を昇ったり下ったりできる3Dモデルを初めて見たかも知れない。犯人を追ってパイプ伝いにビルを昇っていたら、犯人に蹴飛ばされ地面に落下。起き上がってから落ちた帽子に近づいて拾い上げるといった細かな一挙動が丁寧に描かれる。フェイシャルモーションと違うのはこれらがプレイヤーの操作に対応してリアルタイムに映される所にある。
今更ここで書く必要も感じなかった所なのだが、まるまる40年代のアメリカの街がサンドボックスとして用意されたゲームでありながら、本作はGTAといった都市犯罪ゲームにみられるような遊び場としての街ではなく、リニアなディテクティブアドベンチャーゲームの舞台に過ぎない。極論を言えば、このゲームは90年代のADVに多く見られたプリレンダ背景でも構わない所を、実際にリアルタイムレンダフル3D空間にして、更には都市トラフィック、シチュエーションに応じたキャラクターの所作を実装しているのだ。LA Noireの本質はこの無駄な作りこみにある。だからTeam Bondiは90年代のプリレンダムービーと変わらないような手法のカットシーンをわざわざリアルタイムレンダするのだ。
街の中のゴミ箱、電灯、ベンチだって本当は必要すらないのだが、それらがダイナミックにぶっ壊れ、地面に叩きつけられた時の手ごたえあるサウンドの小気味良さは堪らない。本作のエンバイロメント系エフェクトの芸の細かさはGTA4を遥かに上回る。主人公が構えたフラッシュライトの光源でダイナミックに影が投影される様は感動的ですらあった。また後で書こうと思うが、40年代とは思えぬ超高性能さながら、柔らかなアメ旧車特有のサスの感覚を持つビークルといった良いとこ取りに虚実混ぜたデザインのバランス感覚は実にスマートである。
死体の接触判定に片足が乗った場合は膝を浮かせる芸の細かさ。
操作中のキャラクターのアニメーション一挙一動は目を見張るものがある。
次回はゲームメカニクスではなくストーリーテリングの構造や世界設計について書こうと思う。
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